「直ちゃーん!西の道化が見舞いにきたでー!」


         
         僕の名前を呼ぶおなじみの声が聞こえたと思ったら、仕切りとなっている白いカーテンの外から

        西の道化こと、ヨンイルが姿を現した。

        その腕には今日も沢山の漫画が抱えられている。

     

         「・・・・・・また君か、ヨンイル」



        ここのところ毎日と言っても過言ではないほどヨンイルの姿を見ている僕は、
        
        読んでいた本の文字を追うのを止めて、表情に浮かんでいるであろう呆れを隠そうともせ         
        ずにそう呟いた。


ヨンイルは僕がここに入院してからというもの、連日のように僕のもとを訪れている。

多分それは、サムライが見舞いに来ない代わりに、というおせっかいだったり、

日常の生活動作が不安な僕のサポートをしようという単純な思考が要因の行動。

        人がいいというかなんというか、西棟の囚人にあれだけ慕われているだけのことはある。

        以前五十嵐の銃からヨンイルを庇ったときのことを思い出していると、ベッドの脇に

        置いてある椅子に、漫画を抱えたままのヨンイルがどっかりと腰を降ろした。



  「またってなんやまたって・・・!また俺に会えて嬉しいやろ?」


  「嬉しい?何を言っているんだ君は。鬱陶しいの間違いだろう」



俺に会えて嬉しいなどと、自信満々に聞いてくるヨンイルに、僕は小さく笑みを洩らした。

勿論、毒舌を吐くのも忘れずに。

        そんな僕の言葉にヨンイルは漫画張りのオーバーなリアクションでがっくりと

        うなだれて見せると、小さく息を吐く。



  「・・・・・・ま、ええわ。今日は直ちゃんに新しい漫画を持ってきたんや」



そう言うと、ヨンイルは手に抱えていた数冊の漫画本のを僕の寝ている白いベッドに広げ、

その一冊を手に取る。

白いベッドの上を彩るようにバラまかれた本の表紙が目に入ってきたが、

        それは今までヨンイルから借りた本の表紙とは一風違い、この刑務所とは不似合いな、

        妙な印象を抱かせる春色の表紙だった。



  「なんだ?その本は」



頭に浮かんだ疑問を素直に口に出すと、ヨンイルは満面の笑みを浮かべて、

その本のページをパラパラとめくりはじめる。

すぐに答えを出さないヨンイルに焦れながらも、僕はその様子を傍観する。

すると、半分くらいページをめくり終わったところでヨンイルが手をとめて、

至極楽しそうな目で僕を見つめてきた。



        なんだ気色が悪い、そう言おうと口を開きかけたが、その言葉を吐き出す前に、

        ヨンイルが先に言葉を紡ぐ。



        「あんな、この漫画は恋愛ものの漫画やねん」


        「・・・・・・・・・・・・・・・は?」



        いけない。天才鍵屋崎直としたことが、一瞬思考が停止してしまった。



        「でな?この漫画、切ない三角関係もののストーリーなんやけど、ほら!この子!

        この主人公、直ちゃんに似てるやろ?!」



        興奮したような口調で捲くし立てるヨンイルが指差す先を見てみれば、

        そこには白いセーラー服姿の眼鏡をかけた黒髪の少女がいた。

        そう、少女である。あろうことかヨンイルが僕に似ていると指差すのは。



        「・・・・・・・・・・・・ふん、くだらない。君の勝手な妄想の中で僕を二次元の少女と

        照らし合わないでもらえるか。不愉快だ」



        何を考えているんだろうか、この二次元オタクは。

        頭がおかしいんじゃないかと不快心を露に少女から目を逸らす僕にめげることなく、

        ヨンイルはさらに何かを言い募ってくる。



        「で、コイツが俺にそっくりなんや!」



        見て見て、と五月蝿く騒ぐヨンイルに、僕は仕方なく彼の指差す先を見てやる。

        そこには先程の少女と、その隣に立つ優しそうな眼差しの学生服の少年の姿があった。



        「コイツはな、主人公の女の子の幼なじみでな、主人公のことがずうっと好きで片想いしとったんや。

        んでもある日主人公の子から、自分の尊敬しとる先輩が好きやって相談されてな、

        すっごい悩んでな、んでも結局主人公のためやって主人公と先輩をくっつけようとするん

        やけど「そんな説明はどうでもいいが」



        このまま黙っていると長くなりそうな説明だったので、僕はヨンイルの言葉を奪い、こう断言した。



        「どう見ても君とコイツは似てないだろう」



        だってそうだ。

        僕が見る限り、漫画の少年とヨンイルの身体的特徴には類似する点などこれと言って見当たらなかった。
    
        漫画の少年は笑顔が優しい、流れるようストレートヘアの茶髪の少年で、

        目の前の男はツンツンした黒髪の、ただの二次元オタクである。

        これの一体どこが似ているというのか、漫画の中の少年に失礼だ。



        「どちらかと言うと、そうだな・・・・これに似ている」
 


        そう言って僕が指差したのは、少女の家で飼っていると思われる柴犬だった。

        甘えたように鼻を鳴らして、主人公の少女にすり寄っている。

        別に嫌がらせでもなんでもない。僕は素直にこの柴犬にヨンイルが似ていると思ったのだ。

        けれどそれを見たヨンイルは、なんとも情けない顔をして、僕を見つめる。

        そんな様子が益々犬のようだと思ったが、あえて口には出さなかった。



        「ひどいわ直ちゃん・・・俺は人外かいな・・・・」


        「・・・・・・まあ、確かに人ではないが、なかなか可愛いらしいと思うぞ」


        「かわっ・・・・・・・・・・・さいですか・・・」


        「・・・・・・ああ」



        僕は嘘は言っていない。
   
        それに、そんな報われそうも無い幼なじみの男よりも、主人公の側にずうっと居られる

        犬のほうが断然幸せそうじゃないか?








        おわり 





        ヨン→直になったのかなこれ・・・・(遠い目
        拍手ありがとうございました^^





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