とある女学園の幼稚舎には、
    消火器と同じほど、
    その施設内のあちこちへ“とあるもの”が配備されている。

     ああ、誤解なさらないで。

    それは名高い女学園系列の幼稚舎だからとか、
    名門の子女が数多くお通いだからということには関係なく、
    それは万全の衛生対策も執られております。
    それでも、敵は巧みに潜入し、水面下での繁殖を為しているようで。
    季節の変わり目、長期休暇の前後など、
    節目節目には一斉殲滅作戦をと徹底しているにもかかわらず、
    それでも 年に数回は、
    不運なご令嬢が奴らに遭遇し、おぞましい目に遭ってしまう。
    そんな不吉でお気の毒な報告が齎されるたび、
    私たちは自分たちの無力さを思い知らされると同時に、
    ここを離れてしまわれて もう随分になる、
    あの、伝説の戦乙女との異名を冠されたお嬢様のことを、
    思い出さずにはおれないのです。




    様々な名家にて
    蝶よ花よと大切に育てられておいでの幼き乙女らが、
    未来の淑女を目指して集われる花苑。
    まだまだ無垢で清らかで、嫋やかな、
    心身ともに麗しいお嬢様たちの
    社交性や社会性を健やかに育んでは。
    属される世界によっては早くも大人扱いされよう上の学園へ、
    無事に送り出す、いわば最初の学び舎であり。
    お小さいうちから清く正しい品格を備えた、
    そんなお嬢様たちのためにも、
    ここは究極の安寧の地であらねばならぬのに。

    だのに、彼奴らは忌々しい影を落として憚らず。

    ただでさえ緑が多い好環境ですし、
    冬場も空調がしっかり効いておりますものね。
    給食施設もあって食べるものにも苦労はないと来ては、
    そうそう廃れはしないのでしょう。
    完全廃絶は専門家でも難しいとの声を聞き、
    ならばせめて、
    退治に全力を尽くし…たいのは山々なれど。
    まだ幼く穢れなきお嬢様がたを
    お預かりしているという関係もあってのこと、
    彼女らに接する顔触れには、
    どうしても女性の方が多い陣営なものだから。
    生活の場となる園舎内でこそ
    遭遇の危険度も高いという現実に対して、
    具体的、画期的な対処は
    なかなか執れぬままの現状なのも致し方なく。
    シスターたちや教員職員らも、
    園児の皆様と同様に、悲鳴を上げて逃げ惑うばかり。

     そんな中に、その乙女は降臨したもうた。

    帰国子女とは聞いておりませなんだが、
    金色の柔らかそうな髪に、透き通るような肌をした、
    白皙の美少女という言いようは、そのお方のためにあるような、
    それはそれは麗しく、しかも気品に満ちた御令嬢で。
    お行儀もよく、お淑やかで辛抱強く、
    無駄なおしゃべりは一切なさらずの、
    日頃はたいそう物静かでいらっしゃるが。
    早くからバレエを習得なさっておいでで
    お遊戯の所作も卓越なさっていらっしゃったし。
    その威風堂々としておられた態度と 厳然とした存在感は、
    あの忌わしき敵へ対しても、
    微塵も屈することなく発揮されたのだ。

     そのヲトメ、赤き双眸(まなこ)を冴えさせて
     黄金の髪、風に たゆたわせ。
     柳眉ひとつ 震わさず、くろがねの敵を葬らん

    あれは そう、びわ組のお遊戯のおり、
    そのものの出現と急襲に、幼き乙女らは一斉におののいた。
    大人らも不意を突かれたことから、
    泣きながら逃げ惑う乙女らを
    双腕へ掻き集めるようにして庇うので精一杯、
    なんら有効な策は執れずにいた、
    阿鼻叫喚 渦巻く地獄絵図のようだったその只中へ。
    凛然と現れたのが、

     金絲の冠をいただく、やはりうら若き一人の乙女。

    桃色のスモックの先へと出ていた
    まろやかな丸みも愛らしいお手々をぐうに握りしめ。
    爪先に丸くお鼻のようにかぶさった
    赤いゴムの上履きに純白の靴下がいや映える、
    か細い御々脚をしなやかに進ませての
    一歩一歩を踏みしめて。
    アップライトピアノの蓋の上から、どこへ駆け降りてやろうかと、
    得意げにその触角を震わせていた漆黒の悪魔だけを
    それは鋭い視線で睨み据えると、

     「………。」
     「あ。は、ははいっ。」

    視線はそのまま、小さなお手々を横手へ延ばされたのへ、
    敵に有効な武器を実は手にしていた、
    当時はまだ新任のシスターだった わたくし。
    何をどうと言われた訳でもありませなんだのに、
    慌てふためきながらも、
    気がつけば…それを彼女へお渡ししてしまいました。
    今にして思えば、何て浅はかなことをしたものかと、
    総身が震えるような想いがいたします。
    大人である私が、
    自分でさえ恐ろしさのあまり身動きできずにいた、
    凶悪極まりない相手への、

     対抗処置用 最終兵器を

    選りにも選って、そんな幼いお嬢様へ手渡すなんて。


      でも

      そこから伝説は始まったのです。






    あまりにむごたらしく、
    おぞましさを極めた 残骸を生んだ戦いでしたので、
    詳細な描写は控えさせていただきますが。
    戦さの結果は、
    勿論、麗しの戦乙女の大勝利に終わりました。
    それは勇ましく、かつ、鋭い手腕と冴えた所作にて、
    まるで素晴らしき舞でもご披露いただいたかのように、
    あの悪鬼を、完膚無きまで薙ぎ倒し叩り倒し、
    元の形がもはや判らなくなるほど
    ……あ、いや、
    詳細は控えると言いましたよね、失礼しました。
    大人の職員たちまでもが息を飲み、
    全てに決着がついた途端、情けないお話ですが、
    ほうという安堵と感嘆の溜息しか出せなんだ次第でございました。
    なんという勇気、なんという英断、
    そして、何という友情に厚き行動かと、
    居合わせた職員やシスターたちは、
    その後も長く長く この戦いのお話を語り継ぎ、
    ああまで幼い乙女が、
    まるでジャンヌ・ダルクのように
    勇気を奮って戦ったのを見習おうと、
    幼稚舎の各所に神器を置くこととし。
    いざという時に怖じけずかぬよう、
    月に一度は模擬戦をもうけるほどの対策を進めた結果、

     今では、我らが幼稚舎に、
     あのくろがねの悪鬼を恐れる女性職員は
     一人もおりませぬ頼もしさでございます。






      「…久蔵様、もも組はお隣りですが。」
      「???」







        ~Fine~ 12.09.28.



      *一子様との邂逅として
       『秋の陽だまり』にても触れております
       某お嬢様の園児時代の武勇伝。
       こういう形で長く語り継がれているらしいです。

       「~~~~~。」

       ご本人は……あんまり
       名誉だとまでは思ってらっさらないようですが。
       (当たり前~)







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