「すまない、ジノ」
彼女は、いつも謝る。
私が寝入ってしまっていると思って、今にも消えそうな声でささやく。
「…ジノ、ジノ」
普段の彼女からは想像もできないような、頼りなくて切ない声だ。何度も何度も繰り返す謝罪。
もういいよと言って止めてあげたい。
けれど、これが彼女にとっての歯止めになっているとわかっているから私は寝たふりを続けることしかできない。
きっと私が目を開けて彼女の謝罪を止めたら、そう日をおかずに、私の前から姿を消すだろうから。
どれくらい時間がったのか、彼女の声が途切れた。
それが、彼女が寝入った合図だ。
「ルルーシュ殿下…」
そっと目を開けて普段は呼べない呼び方を声に出す。
幼いころ、恋だともわからず、ただ彼女に心を奪われた。けれど、恋だと自覚した時には、永遠に失ったと思っていた。
一生、彼女の影を追い求めて生きるのだと思っていた。
「貴方が生きていて、私がどれほど救われたか…きっと、本当のところ貴方には理解できないのでしょうね」
ルルーシュの目じりについていた涙をぬぐって、つぶやく。
健やかな寝息を立てている彼女の姿は、普段の凛とした、ともすれば冷徹にも見える雰囲気がなりを潜め、ひどく幼く映った。
白い頬を指の背でなでると、彼女は私の指に懐いてくる。それがとても可愛くて、もっと悪戯を仕掛けてみたくなる。
「ねえ、貴方は何を隠しているんですか?」
夜毎の謝罪は、いつも同じだ。
この先、決して私たちは一緒にはいられない。その時が来たら、ルルーシュはジノを置いて行く。
何か大きなものを隠しているとは思っている。その秘め事が、彼女の謝罪の原因だろう。
だが、それが何なのか一向に掴めない。
謝罪のことを聞いても、聞かなくてもいつか彼女はいなくなる。
それがわかっていても私は、その日を一日でも引き延ばしたい。
けれど、それは彼女との別れを惜しむからではないのだ。
「…貴方は私がもう一度みすみす貴方を逃がすと思っているんですか?」
きっと今の自分の顔はとても歪んでいるだろう。
幼いころより抱き続けた彼女への想いは制御がきかないほど強く、大きなもので、ときどき自分でもその強さが怖くなる。
だから、私は知っているのだ。
彼女が私の手から逃げることなどできないと。
いつか彼女が逃げ出そうとした時、どんなに彼女を泣かせることになろうと私はルルーシュを逃がしはしない。
「例え貴方が…そう、帝国に仇なすゼロであろうと、私は貴方から離れはしない」
もしかしたら、と私は思っている。
ルルーシュの生い立ち、エリア11へ来ることになった経緯。それらを考えれば、おかしなことではない。
だが、私にとってはルルーシュがゼロであっても何の問題もない。
ルルーシュのいない世界でとうの昔に死んだと思った心だ。今さら、故国を裏切ることになろうと構いはしない。
「…ねえ、ルルーシュ…私の想いをみくびらないで」
眠る彼女に額をつけて懇願する。
それが私の心からの願い。
ルルーシュが願うのならば、今すぐ本国へ飛んで帝国を壊滅させる。
ルルーシュが願うのならば、私は命すら貴方に捧げる。
だから。
「…ジ、ノ…?」
その懇願が聞こえたのだろうか、ルルーシュがうっすらと目を開いた。
だが、まだ夢の中にいるようで、しっかりとした声ではない。
「ごめんね、起こした?」
意識してやわらかい微笑みを浮かべれば、ルルーシュは花がほころぶように笑った。
「…ジノ、…そば、に…ずっと」
泣きだしそうになる。
それは私がずっと聞きたかった言葉だ。
こわごわ、ルルーシュを抱きしめる。
ルルーシュも私を迎え入れるように、優しく抱きしめ返してくれた。
「ルルーシュ…もう、離さないからね」
誓うように言えば、彼女は、寝ぼけながら頷いた。
ねえ、ルルーシュ、もう決して逃がさない。
後から寝ぼけていたなんて聞かないよ。
朝焼けが部屋の中に降り注ぐ。
ジノは自覚していなかったが、彼の頬笑みは今、先ほどのものと違い、朝日のように晴れやかで、すがすがしいものだった