学校の前庭には、梅が三本咲き誇っていた。 両端の二本は白梅、真ん中だけ紅梅で、綺麗なシンメトリーのようになっている。 渇き切ったような色の樹皮は見た目と相応にざらざらして、あまり触り心地は良くなかったけれど。 小さく咲いた薄紅色の花弁に指で触れると、みずみずしく柔らかかった。 「綾瀬、帰るよ」 背後からの声に振り向く前に、栗原さんが隣に並んだ。 「梅?」 「うん」 今日は殆どの生徒は休みで、図書館で調べ物をしていた栗原さんと提出物のことで呼ばれた私以外、今は誰の人影もありはしなかった。 それを確かめて、少しいつもより傍に寄ってみる。私の左腕と栗原さんの右腕が軽く触れ合っても、彼女は気付いているはずなのに何も言わなかった。避けようともしなかった。 機嫌いいのかな。 そう思ってこっそり横顔を覗き見る。いつもより優しい目をしている気がするのは、眼鏡を外しているせいだろうか。 何だか嬉しくて、私は梅の花弁に笑いかけた。 「梅ってすき。私の身長でも花に手が届くから」 今更劣等感など抱いていないけれど、いくら背の高い栗原さんと較べてとはいえ、10?近く違う私の身長は確かに人並みより小さかった。 私がそう言うと彼女は少し笑って肩を竦めた。視線を梅から外して、もう少し奥にある一本の桜を見て言った。 「…でも、いくら私でも桜には手が届かないよ」 未だ桜が咲く気配はない。 けれど、少しだけあちこちの蕾が膨らみ始めている。 「もうすぐ春だね」 「そう、今思い出したけど今日は春一番が吹くって」 栗原さんがそう言った途端、強い風が吹き、私達の髪と梅の花弁を巻き込んですぐに投げ出していった。まだ風は冷たかったけれど、春一番というのは本当らしかった。 「…ほら、帰るよ」 一転して元の優しい風が吹き始め、踵を返した栗原さんの髪の毛を緩く揺らしていった。 風のせいで、肩上までの短い栗色の髪の下、白い首筋がちらちらと見え隠れする。 それがとても涼しげで、とても愛しかった。 「はーい」 私の長く伸ばした髪はさらさらと。 彼女の肩に、腕に、髪の毛先だけでも触れようと広がっては揺れて、風になびく。 「なに笑ってるの」 「提出物全部終わって良かったなって」 満面の笑みで嘘をついたけれど、栗原さんは見抜いているようだった。 (春一番) 2007.03.11.04:17. |
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