秋刀魚苦いかしょっぱいか
「ほら、食えよ」
「…ありがとうございます」
彼の家で食事をするのは珍しいことではない。
高校を卒業して、地元を離れて同じ大学に入学した彼と僕は、同じく一人暮らしと言う身分になった。
僕は彼よりも、かなり一人暮らし歴は長かったが、何故か彼のほうが料理の腕前は上で、僕はこうして時たまその恩恵に預かっている。
とはいえ、勿論食費は払っている。皿洗いもそういう時は僕の担当だ。
僕らは親しい、友人だ。
今も、昔も。
ただ、それだけ。
「おまえ、魚とか食べないもんなあ。ちゃんとバランスよくしろよ」
「うちにはグリルとかありませんから。それに面倒じゃないですか? 魚を焼くなんて。生ごみも増えるし」
昔馴染みゆえに、彼は僕を食事に誘う。
手作りの食事は、単なる面倒見の良さの表れで、そこに特別な意味はない。
彼のアパートを訪れるのは、僕だけではないことは、自分自身がよく知っていた。
だから、僕は期待なんかしない。
期待するほうが、おこがましい。
「しっかし、おまえは魚食うの下手だよなあ」
僕のぼろぼろになった焼き魚を見て、呆れたように言う彼の皿の上は、言うだけあって確かに綺麗な食べ方だ。
「年相応ですよ。あなたが年寄り臭いだけです」
「言うようになったな、おまえも」
「長い付き合いですからね」
僕にこんな風に言われても、ただ面白そうに笑うだけで、彼は怒らない。
彼はいつだって、こうやって穏やかに笑うばかりだ。
どれだけ彼の笑顔を見てきただろうか。
もう四年も経つのに、どうして、僕はこの笑顔に慣れないんだろう。
「しかし、古泉が近くにいてくれるから助かるぜ。秋刀魚が二本で百円ってのを逃さずに済んだ。大体よう、二本で百円でどうして一本で八十円なんだってな? 意味がわからん」
これが、今夜の誘いの理由。
まったくもって、本当にこれだけだ。
いつものことなのに、目の前の秋刀魚がぼんやりとぼやける。
誤魔化さないといけない。
「……」
「どうした?」
様子のおかしい僕に気がついて、彼が問いかけてくる。ああ、本当に僕はもう限界なんだなと、つくづく感じた。
今までだって、こんなことは何度もあったのに。
感情の波が全てを台無しにしようと、うねりを上げて飲み込もうとしている。
「おい、古泉?」
「……苦い」
「へ?」
「き、肝を食べてしまいました」
なみだ目になりながら言う僕を見て、「おいおい」と彼が突っ込む。
「泣くほどのことかよ?」
「だって、苦いんです」
もう我慢ができないほどに。
我慢ができなくてぽろりと零れた塩水が、塩焼きの秋刀魚の上に落ち、塩辛さをプラスした。
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