ベルフラ/いとしいきもち



うまく言葉に出来ないと思ったからキスしただけだよ。
とベルフェゴールはさらりと言ってのける。
一方で、彼と向かい合うフランはその言葉に激昂しているようだった。
激しい怒りか、喜びか、あるいは悲しみか。
この感情にどんな名前が付いているのか知らなかったが、これが酷い熱を伴うものであることをフランはその体をもって知る。
発散の方法も分からず、ぐるぐると体中を這い回るそれが、フランの頬を赤く染め、目元に涙を滲ませた。

「そ、れじゃあ、センパイは」

普段の腹立たしいまでの冷静さは、フランの言葉から消え失せていた。
聞いたこともないような震えた声。やっとの思いで絞り出した、悲鳴だった。
痙攣して音を漏らすフランの白い喉元を見つめていると、ベルフェゴールはたまらなく興奮した。
何か言おうとして、でも何も言えなくて、嚥下するたびに上下するフランの喉仏に噛みついてしまいたい。
ナイフを使ってはもったいないと思った。
フランの喉元へ最後に触れるのは俺だ。たとえそれが王子の手足の代わりのナイフだとしても、だ。

「センパイ、は……誰とでもするんですか、っ」

キス、と告げるフランの唇の動きが、ベルフェゴールにはスローモーションのように見えた。
伸ばされて薄く開いた隙間から見える白い歯、尖らせるために弾けたその動きが、ベルフェゴールを捉えて離さない。
そんな風に目を奪われながらも、ベルフェゴールはフランの言葉を聞き、理解し、反芻し、そして微笑んだ。

「そんな訳ねーだろ、お前だけだ」
「どうしてっ」
「ンなの、愛してるからに決まってるだろ?」
「……っ!」

フランの瞳が大きく見開かれる。怯えに似た色を含む目をしていた。
それを認識してなお、ベルフェゴールは退かなかった。
むしろ身を乗り出して、咄嗟に後ずさったフランが逃げられないように抱き締め、口元をフランの耳へと寄せる。

「俺はおまえが好き。 愛してる。 おまえは? 俺のことをどう思ってる?」

我ながら卑怯だと思ったが、捲し立てた言葉は止まらなかった。
ずっと伝えたかったことと、ずっと聞きたかったこと。
ベルフェゴールは、これでも我慢したほうだと開き直って胸を張る。
元より我慢なんて出来ない質だ。それは自覚している。
腕の中でもがくフランはベルフェゴールの胸板を弱々しく突っぱねて、わからないです、と呟いた。

「よくわからないんです、自分の気持ちが、だってこんなの知らない」

フランは激しく頭を振った。
あまりにも激しく振るので、限界まで湛えていた瞳から涙が溢れ落ちる。
ベルフェゴールがその涙を指で掬うと、冷たい指先に熱い涙がじんわりと吸い込んでいくのを感じた。

「師匠はなんにも教えてくれなかった、こんな気持ち、知らない! ミーは、ミーにはっ、……なにも分からない」

ひとしきり暴れて疲れたフランは項垂れて震えていた。
その顔は怒っているようにも、諦めているようにも見える。
そんな顔をさせたいわけじゃない、と今更ながらベルフェゴールは狼狽した。
慌てて掻き抱いたフラン、に努めて優しい声色でわかった、と告げる。

「じゃあ、今はわからなくてもいい。 ……これだけ、教えて。 俺とキスして嫌だったか」
「……や、じゃなかった、です……っすごく、びっくりしました、けど」

ベルフェゴールは自分の口角があがるのを押さえられなかった。
フランの言葉は、これからのふたりの将来に期待を抱かせるのに十分すぎる。
百点満点で百二十点あげたっていい。
フランをぎゅっと抱き寄せて、髪を撫でて、鼻先を首筋へと埋める。
僅かに甘い匂いがした。

「なあ」

おまえのその気持ちの名前、教えてやろうか。
耳を伝ってとろとろと落ちていくベルフェゴールの声はまさに、悪魔の囁きだとフランは思った。
ベルフェゴールの指がフランの頬を撫で、顎をくいと上げて唇を啄む。
フランはぎゅっと目を瞑り体をかたくした。
けれど、もう逃げなかった。



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