拍手ありがとうございますっ! ≪ 赤の糸/夏乃視点 ≫ 学校の休み時間。 ほっと息つく時間になって、あたしは制服の赤いリボンタイをほどいてゆるめた。赤いリボンが胸元にさがる。白いシャツのうえを流れる血みたいだ。ゆるめたおかげで、薄い皮膚の下を血が流れていくのがわかる。 あたしは結び方がヘタなのか、どうしてもキツく締めすぎてしまって、すこし苦しくなる。 授業中はうるさいから、結んでおくけど。 「雪那ゆきなー、昨日メール送ったら、返ってきたんだけどー」 誰かが雪那の机に近づいた。それだけであたしはぴくりと反応してしまう。 だからあたしは悟られないように目の端で伺い見た。クラスメイトだ。ケータイを片手に、すこしふくれている。 あたしはそんなに仲良くなってない子だけど、悪い子じゃない。それだけは知ってる。逆にそれだけしか知らない。 「ああ、ケータイ、池に入れたから」 雪那はなんでもないことのように、しれっと言った。すると、その子は一瞬「え?」と目をしばたたかせる。 「んー……あ、池に落としたんだ? 災難だったねー。もうケータイ買った? どんなの?」 彼女が両の手のひらを上に向けて、見せて見せてとねだった。なんだか可愛いねだり方。それでいてすごく自然。 雪那は基本、自分の損にならないことはわりとなんでも許すから、見せないで思うあたしの願いはやっぱり届かなかった。 二秒ほど彼女を見たあとにケータイを手渡した。その子は机の右横にしゃがみ込んで、ケータイを面白そうにいじり始める。 最近のあたしはすこしおかしい。 「赤外線そうじゅしーん。アタシの愛よ雪那に届けー」 「ふうん」 「うわーん、雪那つめたいー」 あたしはぎょっとした。 ばかー、でもそんなとこが好きー、と、その子がいきなり雪那のお腹に顔をこすりつけたのだ。雪那は雪那でまったく拒まない。どころか、全然動じてもいない。 あたしはこんなにも動じているのにっ。 いてもたってもいられず、あたしは雪那のもとへ急ぐ。 「ゆ」きな、と言おうとして、雪那の左手があたしの口を塞いだ。あたしは目を白黒させる。 雪那の右手がその子の頭をお腹に押し付けるように撫でつける。じわ、と嫉妬が溢れ出しそうになる。雪那のお腹のあたりから無邪気に楽しそうな声。あたしに気づいてもいないではしゃいでいる。 やめてやめて。 すると、雪那の左手があたしの口から離れる。だけどそのまま左手はさがって、あたしの赤いリボンタイに薬指が絡み、けれど好都合とばかりにグイと、引っ張られた。あたしは逆らえなくて身をかがめてしまう。悲しい。条件反射みたい。 視界の隅で、雪那が薄く笑っているのが見えた。いつもの顔。その唇があたしの耳たぶをかすめて、意識がかすむような吐息と声が鼓膜を揺さぶった。 「──────」 あたしは軽く硬直する。 雪那の左手がリボンタイを離して、あたしを放した。左手の指先があたしのすこしはだけたシャツの合間を撫でて、促した。 ぞくり。 リードに繋がれた犬みたいに、あたしはふらふらと席に戻る。そして机に突っ伏した。どうしよう、顔が熱い。それでいて大きな声で笑い出したくてしかたない。 雪那と彼女のやり取りでいっぱいになっていた頭は、雪那からもらった言葉ですっかり満たされてしまっていた。 雪那はきっとそんな意図はなかっただろうけど、あたしにとってそれは、ものすごい言葉。 だって、雪那っていう女の子を知っているからこそ、わかる言葉に違いなくて。 『夏乃の名前なら覚えてるのに』 ──名前を思い出せないなんて。 あたし、きっと変だ。 こんな言葉が嬉しいなんて、変だ。 でも、と、あたしはほどけたリボンタイを握りしめる。 好きな人の左手があたしを捕まえるなら、変でもいいや。 指で触れられたところが熱を生んでいた。 雪那の指から伸びた糸があたしのノドに絡むみたいに息が詰まる。苦しい。息が胸のなかで甘くとろむ。 早く、学校終わらないかな。 そして雪那に── 思うと同時に、胸と予鈴が共鳴した。 |
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