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手の上なら尊敬のキス。

「日向の色だな」
 ルキアはそう織姫の髪を表現した。
「そうかな…。」
「私の髪は夜の色だから…揃いだな。」
 その言葉に、織姫は大きく微笑む。

 二人で修行した後、「やっぱりお風呂でしょ!」となった。
 織姫のアパートにも、ルキアの寄宿先(黒崎家)にも、お風呂はあるのだが、一緒に汗を流すのもいい、と近所にできたスーパー銭湯にやってきたのだ。
 岩盤浴まで備えた銭湯は、まだ昼間だと言うのに、思ったより人がいたが、それでも、広々とした湯船に浸かるのは気持ち良かった。

「筋肉痛にならぬよう、しっかりほぐしておけよ。」
 声が反響する。

 このスーパー銭湯には、女性の湯の方にだけ、趣向を凝らした湯が用意されている。
 今日は、薔薇湯、となっていて、大浴場のそばにある、小さな湯船には薔薇の蕾が浮かんでいる。
 とろりとした甘い香りに、少女達は喜んで身を浸していた。
 この湯船は小さいとは言え、5人くらい入れそうだったが、今はふたりの貸し切りだった。

「意外に…チクチクするよね。」
 織姫の言葉に、ルキアも頷く。
「蕾の部分だけでも痛いんだな…。」
 白や赤、ピンク、黄色の色とりどりの蕾が、湯にたゆたう。
 ルキアや織姫の廻りはさざなみが立つのか、ほとんど蕾は寄って来ないが、時折肌に触れる感触は、見た目の華やかさとは違い、存外に痛かった。

「でもこういうの、入ってみたかったんだ〜。あと、泡風呂とか。」
「泡風呂??」
 朽木家の風呂は季節ごとにそれなりの趣向がある。
 菖蒲湯、柚子湯などだ。
 だが泡風呂はない。
「こういうお風呂じゃなくてね、横たわってはいるの。んで、お湯は泡あわで、こうやって足をあげて…」
 織姫が説明しながら足を上げようとする。
「ーーーーっ!!」
 足を上げたとたん、顔をしかめた。
「つったのか?!」
 急いで、織姫の足を確かめる。
 さきほど修行中に激しい運動をしていたうえに、足首をひねっていたから、つりやすくなっていたのだろう。
 織姫の右足の脹脛の当たりが、硬くなっているのが触れているルキアにはわかった。
「ちょっと我慢しろ。」
 織姫の右足の親指を力いっぱい反らせてやる。
 痛いだろうが、伸ばしてやったほうがほぐれやすいのだ。
「ん!大丈夫!ありがとう、朽木さん。」

 つり自体はたいしたことがなかったのだろう。
 比較的すぐに織姫は表情を緩ませた。
「痛くはないか?」
「んー。違和感はあるけど、もんでおくから大丈夫。」
「湿布も貼っておくか。」
「ありがとう。」

 薔薇湯の薔薇たちは、慌てて身動きしたせいで、すっかり隅っこの方に固まってしまっている。
 二人の廻りにはほとんどない。
 戯れに腕で波をおこしてみるが、薔薇が寄ってくることは無かった。
 残念。
「露天風呂に行こうか。」
 そう、声をかけて、織姫を見たら、ちょっと顔をしかめている。
「どうした?痛むのか?」
「…私も、朽木さんも、治療できたのに。」
 ああ、そう言えば。
「とっさで忘れていたよ。」
 顔を見合わせて笑う。
 二人とも類稀な治癒能力を持っているが、まぁ、足のつりぐらいで使うことはない。

「朽木さん。」
 織姫がさっき自分のつりをほぐしたルキアの手を取る。
「ありがとう。この手が癒してくれるものは多いね。」
 そして湯に使って桜色に染まっているルキアの指先に口づける。
 今の事だって、…黒崎くんのことだって…。と、織姫は内心でつぶやいた。

 とっさに返事もできずにいるルキアの周囲に再び、薔薇が集まっていた。

(20090315)



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