「さよならの代わりに」

5・取引という名において






「あなたのご主人さまは、マヤさんの熱烈なファンのようですね。
そうよね、数年間に渡って、マヤさんに金銭的な援助をなさっていらっしゃる。
でも別の観点から見ると、ただの純粋なファンではなく、何かしらの見返り…を、求めていらっしゃるのでは?
違うかしら?」

「見返りとは…、それは一体どういう意味でしょうか?
わたくしにも理解出来るように、ご説明下さい」

聖は言葉を荒げることもなく、冷静な口調で紫織に問いかけた。
紫織の存在を全く無視しているような、彼の無反応な態度に徐々に苛立ち始めた。


「例えば、マヤさんの紅天女の上演件を欲しいがために、援助をし続けている。
わたくしはそう解釈しておりますわ。
それともマヤさん自身を手に入れるために、援助という形で近づいているのかしら?」

「そのような憶測な判断で、決め付けないでいただきたい。
先程も言いました通り、あなたさまには全く関係のない問題です」

「松本さん、わたくしの祖父や父のことはご存知かしら?
わたくしの婚約者のことももちろんご存知よね?
マスコミにマヤさんには長年に渡って援助してくれるファンの存在を知らせたらどうなるのかしら?
マスコミのことですから、きっと面白おかしく報道されることでしょうね…。
マヤさんの愛人とか、きっと根も葉もない噂が広がるに違いないわ。
試演も近いこともあり、マヤさんのスキャンダラスな報道となったら、益々亜弓さんが有利となるわね。
大都芸能の社長、そしてわたくしの婚約者速水氏をこちらに呼んで、このことについて是非意見を頂戴したいものだわ。
彼もこのことで、マヤさんが紫のバラの方の援助のせいで、窮地に追い込まれることは、きっと好んでいないはずですもの。
違うかしら?松本さん……」

紫織は虚勢を張り、速水の名前を出すことで、意地悪く露骨な質問を松本に問いかけた。


「……どうやらこのままお話し合いを続けていても、平行線のままのようです。
では、そろそろ貴方様の本当の狙いを教えて頂けないでしょうか?
それによっては取引をさせて頂くことも視野に入っております」

松本のひどく単調で冷ややかな声に、紫織は凍りつき、全身に緊張が走るのを感じた。
この男が怖い。
自分が主導権を握っても、逆に相手に奪い取られる。
松本との取引では、そう容易くないことを思い知らされた。




「取引…とは、面白い提案ですわ。
そうね、取引という手段でもいいかもしれないわ。
わたくしの要求はだだひとつ。
今後、北島マヤには紫のバラを贈らないこと。
代わりにわたくしが彼女に援助致しますわ。
今回の試演で必要なもの全てにおいて…。
もしこの約束が守られないときは、全てマスコミに知らせますわ。
マスコミはどのようにこの話を面白可笑しく記事にするか、いまからとても楽しみだわ…」

紫織は口の端に笑みを浮かべた。
取引…と、言う言葉が勝手に口から迸り出てくるのを、猛烈な自己嫌悪にかられながらも、もう止めることが出来ずにいた。

「マヤさんを守る為ならば、已むおえません。
貴方様との取引に応じましょう。
ただし、今回の取引を破ることになりましたら、こちら側にも考えがあることをくれぐれもお忘れないようお願い致します」

松本はそう告げると、女将が運んでくれたお茶やお菓子に口をつけることなく、退席した。
紫織は残された部屋の中でこれからの先のことを考えていた。
紫織が速水をどれほど強く愛し、どれほど求めているか、松本にも分かってもらえないだろう。
マヤの才能・素質は紫織も高く評価している。
きっと速水や紫のバラが絡んでいなければ、彼女をもっと好きになれただろう。
マヤは紫のバラの人の存在がなくても、女優としてひとり立ちをするチャンスを自分が与えていると思えば、例え自分勝手な解釈だとしても、少し心が軽くなるのを感じた。




松本と逢ったその日の夜、速水から紫織の携帯に連絡が入った。
連絡するのはいつも紫織の方であり、速水から用件があるときは決まって秘書の水城から連絡が入ることが多かった。
速水が紫のバラの人であれば、松本からの報告が全て入っているだろう。
このような取引のような真似をせず、速水に直接問うことを紫織は改めて決意した。
そして紫織は祖父にある計画を持ちかけたのだった。








…to be continued




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