2010年に書いたクリスマスSS
黙示録996編



「クリスマスカード?」
「ああ。クリスマスに届くようにしてくれるらしい。書くか?」
「リトラーさんは?」
「メリークリスマスとか言ってられる気分じゃない。」

クリスマスを目前に控えた最前線で、場違いな話題。
塹壕の冷たい土の上に座りながらクリスマスについて考える。
どうやら上は前線に送る物が足りない不満を前線から送らせる分で紛らわすつもりらしい。
やってられないと言った調子でリトラーは笑った。

「同感ですよ。」

イリアも応えるように乾いた笑みを浮かべる。
勘当同然に家を出てきて、今更クリスマスカードなど書けたものか。
ただまぁ、9歳になる弟は喜んでくれるかもしれないが。

兄のやや脚色の入った武勇譚が綴られた手紙をいつも喜んで読むのは弟のイクティノスだった。
両親はイリヤの消息を心配はするものの後継ぎ息子への怒りは隠さない。
代々海軍提督を出しているマイナード家の長男が一兵卒で陸軍に入るなど許されないことだった。

「お前、故郷に許嫁とかいないのか?」
「いませんよ。そんなに古風な家じゃありません。」
「そんなもんか。」
「女性の長い話を大人しく聞くのが苦手なんです。」
「お前、顔良い癖に女にモテないだろ。」
「天は二物を与えず、ですよ。」
「お前なぁ・・・。」
「いたたたた。」

愛嬌の域に達しつつある不遜さを持った部下の頬を抓った。
性格には随分開きがあったが年齢も近い二人は上官と部下の関係ながら古くからの友人のように気安く振舞うことが出来た。
もっともイリヤは誰に対してもこのような態度なのだが。

「リトラーさん、ブルーノの奴が彼女にクリスマスカード書いてますよ。」
「おお、隅に置けないな、ブルーノ。」
「リヒャルト、逃がすなよ。」

戦場ではこういう浮いた話が一番の潤いで、良い歳をした兵士や士官が小学生のように盛り上がってしまう。
さっきまで皮肉な笑いを浮かべていた二人も急いで、しかし塹壕から決して頭は出さずにリヒャルトの所へ駆けて行った。

「レーナ・ベルセリオスへ。お、レーナっていうのか。」
「リヒャルト!お前、音読するな!」

ブルーノに馬乗りになっているリヒャルトは得意顔でクリスマスカードを手にしていた。
必死に抵抗するブルーノの頭を、紫色の髪を撫でまわすように抑えつけている。

「良いなー、クリスマスカードの送り先があって。」
「ま、戦場で彼女の話とかすると死ぬんですけどね。」
「戦争が終わったら結婚するんだ、とか?」
「そうそう。」
「あ、この戦争が終わったら結婚しようって書いてありますよ。」
「ブルーノ死んだな。」
「優秀な部下を失うのは残念だ。」
「祈るな!」

リトラーはリエトヴァ式に両手を握り合わせ、イリヤは十字を切って神に祈った。
二人とも別段信じている宗教がある訳ではなかったが申し訳程度に教会に通っていた。
連邦の細かい地域差はこんなところに表れる。

「ブルーノ・ベルセリオスになるのが待ち遠しい。あ、お前婿に行くのか。」
「いい加減にしろ!返せよ!」
「結婚式には呼んでくれよ。生きてたら。」
「あ、リトラーさん、俺も行きます。」
「俺も俺も。」
「絶対呼ばねーからな!」






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