拍手ありがとうございました

おかげで毎日幸せです

下の小話は使い回しです。
しばらくは書けたら漢字100題に回すので、こちらの小話は新作にはなりません。

お礼にはなりませんが、何もないと見た目が寂しいので置いておきます

 理由がなんなのかはわからない。
 けれど今日は朝から何となく気分が重かった。
 昨日、料理に失敗しちゃったからだろうか。
 思い出せないけれど、不安だけが残って目覚めた夢のせいだろうか。
「ルナ」
 ぼんやり歩いていたら、私を誘導して歩いていたカオルに名前を呼ばれた。
「え、あ、何?」
 あわてて返事をしたけれど、カオルは無言で私の顔を見た。
 私があんまりぼんやりしていたから不審がっているのだろう。
 ああ、失敗してしまったと、また気分が重くなった。
 カオルは今、この間カオルがみつけた果物の所まで私を案内してくれている。その果物はとてもみんなに好評だったから、また取りに行くことになったのだ。本当は今日の食料当番はカオルとシャアラだったのだけど、あの果物を取りに行こうと言ったシャアラにカオルが無理だと顔をしかめたから、干物当番だった私が代わることになった。
  カオルがシャアラに無理だと言ったのは、たぶんあんまり運動が得意ではないシャアラには苦労するような道行きだからだろう。それなのに、こんなふうにぼんやりしていたらカオルに迷惑をかけてしまう。
「あの、ごめ……」
「こっちだ」
 謝ろうとした私に、カオルは首を回して右手の茂みと木の間にある隙間をさした。そしてさっさとその隙間を通って歩き出す。
 歩く方向が変わるのに、ぼうっとしていた私が気づかないから、カオルも声をかけてくれたのだろう。しっかりしなくちゃと気合いを入れ直して私はその背中を追った。
「これを登る」
 しばらく歩いていくと、カオルが立ち止まって一本の木の幹に手をかけた。大いなる木ほどではないけれど、それは充分に太い幹をしていた。濃い緑色の葉が茂っていてあまり上の方まで見えなかったけれど、高さは大いなる木よりもあるかもしれない。
「登れるか?」
「もちろん」
 笑顔でそう請け負う。木登りは得意だし、太い幹はあちこちでこぼこしていて、枝も低い位置からはっているので、手足をかけるところは充分ありそうだった。
「いくぞ」
 そう言って先に登り始めたカオルはさすがに早い。あっという間に葉の間に姿が消える。
 ここから見上げる限りでは、目当ての果物は見えなかった。ただこんもりと葉が茂っている。きっと相当高い位置にしかならないのだろう。シャアラには無理だと言うはずだ。
「よーし」
 腕まくりをして木に飛び付く。見た目通りその木はとても登りやすかった。調子よくどんどん上まであがっていく。わさわさと葉をかきわけて登っていくと、ある地点でカオルが待っていてくれた。
「カオル、果物はもっと上?」
 尋ねると、カオルは太く横に張り出した枝の一つを指さした。
「ここに座れ」
 果物はその先だろうかと首をかしげて言うとおりにすると、カオルは私の隣に立った。
「見ろ」
「え?」
 わけのわからないままカオルの視線の先へ私も目をむけると、深い緑の向こうに澄んだ青が広がっていた。
 声もなく目を見開いている私の隣を風が吹き抜けていく。
 見えるのはただ海と空。快晴の今日の太陽の光に照らされて、水面がここからでもまぶしい。水平線では空と海が溶け合って不思議な色をしていた。青ってこんなにたくさんの顔を持っていたんだとため息がでる。メノリとハワードと登った山からの景色もきれいだったけれど、回りの木々の葉がまるで額縁のように青を囲んで、それぞれの色が深みを増していた。コロニーではこんなに豊かな色彩を見ることはない。
 どれくらいそうしていたのかわからないけれど、隣のカオルが動く気配に視線を戻すと、カオルはもう下の枝にいた。
「カオル?」
「そろそろ行くぞ。日が暮れる」
「え? 果物は?」
「まだ先だ」
 それだけ言ってどんどん下りていくカオルを呆然と見送る。
 果物がここにないのに、どうしてわざわざこの木に登ったりしたんだろう。
 そう考えた瞬間に答えにたどり着いて、わたしは急いで木を下り始めた。
 先に地面について私を待っていてくれたカオルの前に飛び降りて、私は顔中で笑った。
「ありがとう、カオル」
 心配してくれて。
 なぐさめてくれて。
「こっちだ」
 私の言葉には応えないでカオルはきびすを返して歩き出した。
 私がついて行ける程度に早足で先を急ぐカオルの背を見てふと思う。
 カオルはあの景色をいつもどんな気持ちで見るのだろう。
 今日私があの景色に救われたように、カオルもあの景色を見たいと思うような気持ちになるときがあるのだろうか。
 それはどんなときなんだろう。
 いつか、訊ける時が来るだろうか。
 黒い背中を追う私の気分はもう重くなかった。



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