深夜1時に鳴り響く、ノック音。
 既にベッドに入って微睡んでいたリザだが、瞬時に覚醒した。起き上がりガウンを羽織ると、寝室を出る。
リビングの隅っこで寝入っていた子犬が寝ぼけ眼でこちらを見ているのに気づいて、いいのよ寝ていなさいと微笑みかけながら、玄関へと出た。そして、確信を持って扉をあけた。

「やあ、中尉」
「こんな時刻に何をなさっておいでですか」
  
 陽気に片腕をあげた男を、厳しい声で叱りつける。にへらと笑った顔が赤いので、男――ロイは酔っているようだった。ほんのりとアルコール臭がしてリザは眉をしかめた。

「はい」

 けれど、ロイはリザの固い態度など気にもとめず、ぼふっと何かを彼女に押しつけてきた。反射的にリザはそれを受け取ってしまう。途端にむわっと濃い香りが周囲に漂った。

「花……」
「うん」
 
 呟けば、上機嫌に頷く酔っぱらい。にこにこ顔で、説明を加えてくる。

「酔っぱらって買ってしまってね。だから、君にあげようと思って」
「そうですか……」

 彩り鮮やかなたっぷりとした花束。しっかりと紙に包まれておりご丁寧にリボンまでついている。リザははあっと大きく諦めのため息をはいた。
 ロイが酔うと花を買ってしまうのは、実を言うとこれが初めてではない。過去に何度も大量に花を買っては、リザの元を訪れ押しつけていった前科がある。
 だから、リザは深夜の訪問者がロイであることを知っていたし、彼が花を持っていることも分かっていた。 
 
「……お気持ちは嬉しいです、大佐。ありがとうございます。ですが、うちには花瓶がありませんので、困りますといつも申し上げているではありませんか」
「いいじゃないか。バケツにでも入れておけば」

 花なんて贈るくせに情緒のかけらもないことを言うロイに、リザは呆れた。
おそらく彼にとって花とは女に贈るためのもので、その用を終えたら後の世話などどうでもいいのだろう。
きっと、ロイに貰ったものだからとなるべく枯らさないようにと、苦心するリザの女心など知らぬに違いない。
 リザはそのお気楽さがちょっぴり憎くらしくなる。いつだって、男という生き物は女の苦労などお構いなしなのだ。
 だから、リザは思わず愚痴めいたことを言ってしまう。

「お花なんて、わざわざ私の所に持って来なくとも、大佐にならいくらでも贈る相手がいらっしゃるでしょうに……」
 
 すると。ロイは心底驚いたといった風に、きょとんとした顔をして、言った。まるでそれがこの世の真理とでも言いたげな表情で。 
 
「何を言っているんだ? 中尉。男が花を贈るのは、好きな女にだけだ」
 君以外の女に贈ったって仕方ないだろう。それじゃあ邪魔したな。

 そう言いおいて、ロイは帰って行く。
本当にいつもいつも、彼は花を置きに来るだけで、リザの部屋に入り込もうともせずに去っていく。酔っているのか、それとも素面なのか分からぬ風情でリザを煙に巻いて。
何の躊躇もなく去っていった、身勝手な男の背を見つめて。

「……やっぱりあの人、たちが悪いわ……」

 せっかく、気持ちよく寝ていたのに起こされて、こんなにも動揺させられて。それなのに、さっさと自分を放り出して帰って行く、あの人。こんなに熱い体を抱えて夜を過ごせと言うのか。
 疼く胸の甘い痛みに、ほうっと息を吐き出して。
 リザは憎々しげに呟くのだった。   
 
 

  


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