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禁煙の日 ~【鋼】ロイエド子




 1年365日のうちの今日という1日。司令部内の一角が完全閉鎖され、一部の者達が耐えがたい苦痛を味わうという。
「禁煙デー、って?」
 何ソレ、と首を傾げたエドワードに頼まれていた文献を手渡しながらロイは説明する。
 「禁煙を呼びかけ推進するための記念日さ。軍部内ではこの日1日だけは喫煙所を閉鎖して喫煙者に禁煙を促すというわけだ」
「1日で効果あるのかよ」
 文献を手にロイの執務室のソファを陣取り、エドワードは大して興味もなさそうに言った。すでに視線は開いた頁に吸い寄せられている。ロイはその様子を見遣りながら小さく笑う。
「心意気の問題さ。年に一度くらい喫煙者が禁煙について真剣に考えるきっかけにはなる」
「ふーん。まぁ、俺は一生煙草吸う気はないけどな」
「吸わずに済むならそうしたほうがいい」
「そう言う大人多いな。喫煙者にも禁煙者にも」
 ロイと会話をしながらもエドワードはどこか上の空で文献に釘付けだ。こうなれば一冊読み切るまで余程のことが無い限り動かないだろう。そう判断してロイは自分の机の上に積まれた書類の処理に戻った。会話が止み、室内はロイのペンの滑る音とエドワードがページを捲る音だけとなる。

「煙草の匂いがするとハボック少尉がいるんだなって分かる」

 ふとエドワードが呟いたのでロイは書類から顔を上げた。エドワードは相変わらず文献を読み耽っている。
「あっちのみんながいる大部屋のほう。少尉が一番ヘビースモーカーだからだな」
 そう言われてみればそうかとロイはエドワードの独り言に納得する。ロイ自身はハボックが部下として傍にいることが日常なので煙草の匂いに慣れているが、期間を置いて来訪するエドワードにしてみれば鼻につくこともあるのだろう。
「硝煙の匂いだったら中尉。時々だけど」
 ホークアイ本人が聞いていなくてよかったとロイは少しだけ思った。その心中を察したかのようにエドワードが続ける。
「どっちも嫌いなわけじゃないぜ。そういう匂いがするって話」
 エドワードの声にはからかいも嫌悪も滲んでいない。淡々としたものだ。
 ふむ、と一人頷き、ロイは手にしていたペンを置いた。

「では鋼の。私の匂いといったら何だね」

 文献の文字列を追っていた視線が止まった。ちらりと金色の目がロイを観る。

「さぁね」

 唇の端を持ち上げ、笑みを含んで綺麗にはぐらかす。
 答えないつもりか、それとも先に挙げた二人ほど特徴的なものがないということか。まさか聞けば撃沈する類いのものか。どれだろうかとロイは考える。これは答えを聞かずにおいたほうがいいかもしれない。
 この話はここまでにしようと再びペンを手に取ろうとしたロイの耳にエドワードの声が届いた。

「雨の匂い」

 顔を上げたロイの視線とエドワードの視線が正面から絡んだ。
「雨が降りそうな空気の匂いがした時に、大佐大丈夫かなってたまに思うよ」
 口元の笑みが悪戯げに深くなる。雨の日無能だろ、とエドワードは付け足した。
 呆気にとられた後、ロイは思わず額に手を当てた。してやったりと文献に顔を伏せて笑い続けるエドワードの耳が少し赤くなっているのが見て取れる。
「お前というやつは」
 椅子を立ってソファに近付くと、三つ編みを編んだ頭を軽く小突いた。
 まったく、不意打ちにも程がある!




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ハボックは上司の子供を気遣って煙草の本数を減らし、
自分が結婚して子供達が生まれてから本格的に減煙(禁煙は無理)します。
ホークアイは我が子達が硝煙の匂いを嗅いで落ち着くのに複雑な気分を味わったり。
マスタング家では雨が降りそうになると「お父さん大丈夫かなぁ」と
子供達が心配してエドワードが苦笑するはず。
そんな後日談もあると思って下さい。





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