beings番外編。―小さな覚醒と蒼― 私は外で遊んでいた。 包帯はまだ取れないが、動ける程度には回復したので、たまにはということで許可してもらったのだ。 アニーはいないのがやけに新鮮で、私は庭の砂で落書きをして遊んだ。 どっちにしても、動き回る遊びはまだ出来そうにないので、アニーがいないことには感謝した。 暫く描いては消し、描いては消しを繰り返していると、なにやら騒がしく、目を上げた。 すると、台に載せられたおじいさんが運ばれているところだった。 必死で名前を呼んでいる淡い蒼い髪の少年が通り過ぎるのを見ながら、私は立ち上がった。 彼らが中に入るのを見届け、私は暫く、彼らが入っていった扉を見つめた 嫌な予感が心の中を満たし、病院を見上げる。 二階建てだが個室なんて数えるほどしかない小さな病院。 私は遊んでいた小枝を投げ捨てて、中へと入った。 そこには少年が手を組んで祈るように座っていた。 さっきは分からなかったが、私と同じくらいの年齢かもしれない。 長い髪をひとつに束ね三つ編みにしている。 「大丈夫・・・?」 彼は顔を上げた。 髪と同じ蒼い瞳は潤み、今にも泣き出しそうで、私は大丈夫じゃないと覚り、自分の失態に気付いた。 彼は答えないまま、項垂れた。 私は居心地の悪さを感じ、この場から走って逃げたくなったが、そうも行かずに立ち尽くす。 「・・・ねぇ、どうしたの?」 とりあえず、この男の子を励ますために、聞いてみたが、その瞬間、映像が雪崩こんできた。 おじいさん。笑顔。背中。ふらりと倒れた人影。二人暮らし。 それは一瞬の出来事で、私ははっとして困惑した。 今のは、なんだろう。 「・・・あの・・・」 困惑しながら、私は少年に声をかけた。 少年は徐に私を見る。 「・・・今さっきの人は・・・。」 そうだ。映像のおじいさんだ。 一瞬だけしか見えなかったので確証はないが、そうに違いない。 彼は手を下ろし、暫く黙っていたがやがて重い口を開いた。 「俺の祖父さんだ。」 彼の声は震えている気がした。 聞かなければよかったとも思ったが、彼はそのまま話し出した。 「俺がもっと小さい頃からずっと面倒見てくれて・・・剣を教えてくれたり、一緒に料理したりして・・・さっき、倒れたんだ・・・」 彼の声はか細く、ゆっくりだった。 最後は消え入りそうに呟き、彼は手に顔を埋めた。 「祖父さんがいなくなったら・・・俺は・・・」 私は居た堪れない気持ちで、彼を見つめた。 記憶喪失で家族のいた記憶も無い私にはわからないけれど、きっと彼は心配でたまらないはず。 何故だか、私まで泣きたくなってきた。 大丈夫だとか、安易な言葉を吐けずに、私は黙ったまま彼を見つめた。 どうすればいいか分からないまま、私はそっと彼の手に手を伸ばし、触れた。 彼は驚いたように目を上げ、その拍子に涙が彼の頬を伝った。 彼の手は冷たくて、なんだか無性に私の視界は歪んで、生暖かいものが頬を伝うのが分かった。 私が泣く理由なんてないはずなのに、止める事ができなかった。 彼は困惑したように私を見て、私が置いた手を見る。 「・・なんで、お前が泣くんだ?」 困ったように彼は聞いた。 わからない、と答えると、彼は黙り込んでしまった。 すると、治療室の扉が開いてドクター・バースが出てきた。 私と彼は同時に立ち上がる。 「ドクター、おじいさんは・・・?」 私が聞くと、彼は神妙な面持ちになり、やがて首を振った。 目の前が真っ暗になるような感覚に陥り、私は咄嗟に彼の様子を窺った。 彼は大きく目を見開き、絶句している。 ドクターが哀れむように目を細め、マスクを外し、口を開いた。 「残念ですが、ご臨終です・・・。」 その言葉で少年が、治療室へと駆け込んだ。 安らかな顔をして目を瞑る老人の顔を彼は覗き込む。 私は躊躇ったが、彼に続いて、治療室へと入った。彼の手に雫が落ちていた。 更に歩み寄ろうとすると、ドクターが無言で肩に手を置いて私を止めた。 私はじっと少年の背中を見守ることしか出来なかった。 自分の無力さを呪いたかった。 少年を安心させるような言葉も言えない自分が、とても憎らしく思えた。 私の瞳からは後悔と自責で、涙があふれ出る。 暫くして少年は涙を拭う素振りを見せて、振り返った。 私は涙を拭い、通り過ぎようとする彼を見ると、彼は小さく呟いた。 「ありがとう。」 私は驚いて彼を見つめたが、彼はすぐに視線を外し、ドクターとともに奥へと消えた。 何もする事が出来なかったのに。 私は堰を切ったようにそこにへたりこんで泣いた。 どうしてあんなに少年に感情移入してしまったのかなんて、そのときの自分は考えもしなかった。 (2006/08/21) 1/3
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