枕だと思っていたものは、程よい厚さの化学辞典だった。世界が斜め90度に傾いている。
傾いだ窓の向こうには、目に染みそうな光の洪水。
真っ赤な瞳を瞬かせること数回、アルケミストはようやく状況を理解した。
──書き物をしながら、机に突っ伏して眠ってしまったのだ。
ドアが開いて、同室に寝泊りしているメディックが顔を出す。
「あ。起きた?」
「起きた?じゃない」
憎たらしいことに、メディックはバッチリと着替え・洗顔、整髪まで済ませていた。
昨夜は確か、二人で世界樹の生態系について論じ合い、それぞれの考察をレポートに──それがどうして、何故、こんなにも違う朝の迎え方をしているのだろう。
「寝るならベッドが良かった……」
アルケミストは服の袖で、脂じみた頬を擦った。
せっかく宿に泊まったというのに、何が悲しくて椅子の上で眠らなくてはならないのか。明日からはまた樹海で野宿だと思うと、涙も出ない。
メディックが「そうかー」と、気の抜けたような相槌を打つ。
それから続けた。
「そんなにお姫様抱っこ→添い寝コースが良かったのか」
今日は爽やかな朝だね!とでも言い出しそうな笑顔と、できれば聞かなかったことにしたい音声情報と、肩に掛けられていた毛布と。
何を信じればいいのかよく分からなくなり、アルケミストはとりあえず誓った。
(あの触覚、いつか絶対引きちぎってやる)
■朝のヒトコマ/男部屋B/拍手ありがとうございました!■
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