15. 干乾びた波音
寄せては返す波が空気に音を付け、繰り返されるその伴奏は絶える事がない。ざわざわと砂を鳴らしては、去る。それが燦々と光満ちる昼でも、静粛に包まれた暗い夜でも。
その色は余りにも違うのに、その音は余りにも同じだ。
当たり前の事なのだろう。
昼でも夜でも、春でも夏でも、海はただ海でしかない。季節によって、時間によって、存在は別のものには変わらない。少なくとも海は。変わらずそこに海としてある。
例えどれほど見た目が変わろうと。
「そうでしょう? ねぇ、弁慶殿。だから私は……多分もう、幸せなのです」
あのひとがもう帰らなくても、あのひとの腕に抱かれる事は二度と無くても。
私の中にあのひとへの想いがあって、あのひとの想いもまたわたしの中にあるのですもの。
「あのひとがいてもいなくても、そこに愛があったことに変わりは無いのです。愛した事を無かった事にすることは出来ないし、したくもありません。こう思えるまでには、時間が必要でしたけど、こうして望美を見送って新たな龍を見送って、漸く思うことが出来ます」
目に映る姿は違っても、それでも何も変わりはしない。変わらぬひとつ、決して違えぬひとつ。
「愛しているのですもの、あのひとを」
二度と会うことは叶わなくても。
海は海。愛は愛。
――罪は、罪。
柔らかな微笑が僕を追い詰める。清らかに示される永久の誓いが、想いが、僕を粉々に打ち砕く。
仄かな希望は波に流され、変わって寄せてきたのは流したはずの記憶。
海は海としてあり、愛は愛としてあり――罪は罪として、ある。変わらない、消えない。
そしてその罪の痛みが罰。そして罰さえも微かに甘く感じる。それもまた、一つの罰だろう。
あなたに愛がある限り、僕に罪がある限り、僕とあなたの間の繋がりは消えない。表に表れるのがどんな関係に変転しようと、愛と罪が僕たちを繋ぐ。
「そう、ですか」
「ごめんなさいね弁慶殿」
訳の分からない話でしょう? と苦笑した朔に、弁慶は微笑んで首を振った。伏せた目に、朔が踏み弁慶もまた踏んでいる砂浜が映った。
波の音がした。その音が彼女と僕を繋ぐ心音。決して死なぬ、乾いた心音。
「あなたの愛の音、僕の罪と――」
決して消えぬ、愛の音でも、あった。
漣々二十題