ありがとうございました!
HRはだいぶ前に終わった。部活組はもう部室に向かい、帰宅組ももういない。教室は閑散としている。
わたしも本当はいつまでもぼんやり席に座ってる場合なんかじゃない。部活に行かなくちゃならないのに。
結んであげようか、なんて言うんじゃなかった。
お昼休みのことだ。
長い前髪が風で遊ばれて邪魔そうだった。手元の漫画を読む目が、忙しなく瞬きをする。
「前髪邪魔じゃない? 結んであげようか」
たまたま持ってた髪ゴムが、くっきりしたオレンジ色で可愛かったから、半分はいたずらみたいなものだった。「おい、ちょっとやめろよ」とか、本気じゃない抗議を無視してわざと乱暴に髪をつかんだ。
「うわ。何このサラサラ! 何このキューティクル!」
見た目より細い髪は柔らかくてするすると指の間からこぼれていく。耳が隠れるくらいの長さしかないけれど、長ければシャンプーのCMができそうなくらいキレイな髪だと思った。
「男子にこの髪ってもったいない……」
「うるせえよ」
お互い、冗談まじりに悪態をつきながら前髪を結んであげた。意外と気に入ったらしく、帰るまでずっとオレンジのゴムのちょんまげをひょこひょこさせていた。
でも、わたしの心中は冗談じゃなかった。
考えてみれば、わたしは陸上部で毎日外を走っているわけだし、帰宅部より紫外線を浴びる量は断然多い。汗やホコリにもまみれてしまうし、傷むのも仕方ない。それでも。
あの髪の感触の残る手で自分の髪を触ると、ちょっと悲しくなる。
自分よりも好きな男の子の方が髪がキレイだという事実は、落ち込む。
時計はあと3分で陸上の練習が始まることを示している。着替えもしなくてはならないし、完全に遅刻だ。いつまでもぼんやりはしていられない。カバンを持ってのっそりと立ち上がる。
とりあえず、部活が終わったら効きそうなシャンプーを買って帰ろうと、お財布の中身を思い出しながら教室を出た。
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