「いいか、私がいなくなる前にお前にはできるだけ三之助対策を施しておくからな、しっかり身につけて、奴が六年になったときはお前がストッパーになるんだぞ」
自慢のサラツヤ髪をぼろぼろにして、滝夜叉丸は金吾の肩を掴んだ。
完全に目が据わっている。金吾はこめかみを伝う汗を感じた。
体育委員会はキツい。しかし慣れればそれなりに楽しくもある。
先輩の速さに追いつくのは大変だが、段々と体力がついていく実感がわくし、委員会においてはいつもはいじわるな先輩が優しくなるのも嬉しかった。
とはいえそれは最年少の金吾だから思える話であり、中間学年として上と下に挟まれている四年生は、実はとんでもなくストレスをためていたようだった。
「最近の三之助はもはや手に負えん。七松先輩のいけどんメニューについていくだけの体力も備わってきた分、迷子のなり方も無茶苦茶だ。この間なんて半時の間に裏々々山まで迷子になりにいったんだぞ。もうちょっと常識的な距離で迷っていろというものだ・・・!」
拳を震わせてうつむく滝夜叉丸に、金吾はまあまあ、となだめるのが精一杯だった。
この委員会の負担のベクトルが、いつも不遜なこの先輩に向くとはなあ。
自惚れの強さは学園一だが、この上級生は自分で自分を褒めるに値するだけの責任感も持ち合わせているのだ。
それゆえにこんな苦労を強いられるとは難儀なことだが、おかげで金吾は滝夜叉丸に対して他のは組連中より好意的だった。だからこうやって愚痴まがいの話を聞いている。滝夜叉丸はアドバイスのつもりだが。
「私には分かる・・・。三之助は成長すれば七松先輩と同類の暴君になるぞ。人に迷惑をかけても全く自覚のでないあたりなんてそっくりだ。あれがさらに体力をつけたらどうしようもない。お前が三之助が暴走する前に首に縄つけてでもとどめておかなければ、本気で死人がでかねん」
「そ、そんなに言うほどひどいですか・・・?それに僕に言うより、四郎兵衛先輩の方がひとつ学年も上な分頼りになると思うんですが・・・」
金吾の言葉に滝夜叉丸は溜息をついた。それは無理だ、の言葉が呼気に乗る。
「四郎兵衛は三之助には逆らえん。元が気の強い方でないのもあるが、あれは付き従って長をサポートするタイプの後輩だ。ついでに言うなら惚れた弱みもある」
さらりと吐いた最後の一言は大分問題発言だ。
へ、と頬を引きつらせた金吾にああすまん口が滑った、と滝夜叉丸は投げやりに言った。
「まあとにかく、四郎兵衛に三之助を止めるだけの力はない。だからお前しかいないんだ。体育を頼んだぞ」
ばしばしと肩を叩かれ、もう何を返したらいいのか金吾には分からない。
「あの、惚れた弱みってそんなに逆らい難いものなんですか・・・?」
我ながらアホな返しだったと金吾は思う。
しかし問われた滝夜叉丸はうっすら頬をそめて虚空を眺めた。
「ああ、無理だ。言ってもきかないしいつの間にかほだされる。本当に厄介な人だよ」
そして盛大な溜息。溜息をつきたいのはこっちだ。
今の一言でいやおう無しに気づいてしまった。四郎兵衛先輩についてやけにきっぱりと断言したのは他でもない、この人自身が好きな人に逆らえない立場だからわかるのだ。
本当に厄介な人だよ。それは三之助のことではなく、現委員長のことだろう。滝夜叉丸は二年後の体育委員長と副委員長に、今の自分を重ねて心配しているのだ。それはいいのだが。
金吾の知らない間にいつのまにかカップルが乱立していた。自分だけが独り者の立場で(別に不満はない)、とりあえずこれから委員会内の色事方面で僕、苦労するのだろうな、とだけ思って頭を振った。
百色はこへ滝で次時であぶれもの且つ優しい傍観者な金吾、という体育委員会を推奨します。