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- web拍手 お礼話 「狼まであと何秒?」 -(現在お礼話は二種類です)
15年ぶりにイノと出くわしたのはうちから歩いて三分のコンビニで、そんな距離だからもちろん化粧なんかしてる訳もなく、服
だって五年もののTシャツと七分丈のレギンスパンツだ。
だから、よお、って声をかけられた瞬間、逃げ出したくなった気持ち、同じ女子(なんて30オンナが名乗るのはおこがまし
い?)なら分かってくれるよね?だってさ、地元の県立高校→地元の短大→地元の大型モールに就職、なんていう、なん
の面白みもない15年を送った私と違って、目の前にいるイノったら隣の県の超進学高校→東京の超有名私立大学の医学
部→東京の大学病院に勤務中(イマココ)、という華々しい経歴なのだもの。しーかーも、中学時代女の子にもててもてて困
っちゃーう、的な青春を送っていたイノだけれど、周囲の期待通りにお医者さんになれた自信からなんだか、どう見ても地元
には売ってないこじゃれた服を着てるからなんだか、昔より五割増にカッコよくなっちゃってるし。
うはー、ないわ。うん、さっさと退散しよう。
「あー…イノ、なんて呼んじゃ失礼か、えーと、井上くん、久しぶり。
休みで実家帰って来たの?親孝行で偉いねえ、あ、しまった、私急いでるんだった。んじゃまたねー」
頼むからすっぴんを凝視してくれるな、と心中で呪いつつひらひらと手を振ってコンビニから退散しようとする私の腕を、がし
り、とイノの大きな手の平がつかむ。うわ、手、でかっ。
「逃げるんじゃねえよ、サト。今、お前んちに行ったばっかだから、お前が昼過ぎまで惰眠を貪ってたあげく、お母さんの用意
してくれた朝ごはんを食いっぱぐれて『いーもん、セブンでカップ麺でも買ってくるもん』とここにやって来た、ってのはバレて
る」
ってなんだそれ、なんでウチになんて来てんのさ。
「…へ?ウチになんか用でもあった?同窓会…じゃないよねえ、先月やったばっか、だし」
コンビニの小さめのカゴに入ってるカップ麺とチーズ蒸しパンという、お医者様じゃなくても咎めたくなる組み合わせをさりげ
なく背後に隠しつつ、イノの用事を想像してみる。っていうか、今、イノ、私の事サト、って呼んでたよねえ。うはー、なんか
嬉しいかも。15年前の中学の卒業式の日、かなり気まずい感じで別れたからさ、もう二度とイノはそんな風に私のこと呼
んでくれない、って思ってたのに。
「同窓会…ああ、やったらしいな。っつうか、だから、サトに会いに来たんだよ」
は?なんで?…ときっと私の顔に書いてあったんだろう。
「あー…ココで話すってのもなんだし、さっさと会計してこいよ」
眉間に皺を寄せたイノにそう促されて、仕方なくレジへと向かう。話、ねえ。15年ぶりに会って話すような事、なんかあったっ
け…?278円です、というバイト君の声にはっとして、スイカでいいですか、と声をかけてカードを機械にかざす。便利な世の
中になったねえ。15年前にはこんな事、想像も出来なかったよ。こんな田舎にコンビニが出来るって事も(まあ駐車場が異
様に大きいけどね!)、もう一度、こんな風にイノと話す機会がある、なんてことも。
いくら昔なじみとはいえ、既にすっぴんガン見された後とはいえ、一応訴えてみた。着替えてきていい?と。けれど、『女の着
替えは長いからヤダ』とあっさり断られ、みっともないから、とコンビニの袋を玄関先に置いてくることだけは認めてもらえた。
っていうか、なんで連絡もなくいきなり会いに来られたのにこっちが下手なんだ!
うー、もう、訳分かんない、と思いつつ、玄関先に常備してある日焼け止めだけはせめて、と顔と手の甲に塗り塗りしてイノの
待つ外へと戻る。30女にとって、紫外線ほど怖いものはないんだー悪いかっ!
ぶらぶら10分ほど歩いて、昔よく遊んだ川辺へと着いた。どっか店入ろう、とイノは提案してきたんだけど、ほら、ここ地元だ
し、二人で向かい合ってお茶なんかしてたら(しかも私、すっぴんだし)明日には号外メールが同級生の間で一斉送信されか
ねないからね?東京モンはそーゆートコ、頭回んなくて困るわ。ふう。
もう暦の上では夏、とはいえ、川の上を渡る風は心地いい。橋のたもとにあった自販機でイノが買ってくれた缶コーヒーを受
け取り、少年たちが野球をしている広場(…いいの?これって、防災上…)のベンチに並んで腰掛ける。はあ、おなか空い
たなあ、話、早めに切り上げてくれないと、おなか鳴っちゃうかも。
「サト、お前さ」
ふいにかけられた声に、うん?と視線を上げた。
こちらを見るイノの視線はまっすぐで、昔と変わらない黒目がちな瞳に、変わってないところもあるんだなあ、と思った。こっち
もまあ、いろいろ変わったけどね!ウエストサイズとかシミの数とか!
「結婚するって、ホントかよ」
……はあ?
思いっきり10秒ほど固まったあと、ようやく口に出来たのは『何それ』という、一言だった。
ナニソレってお前、と絶句したイノと私の情報をすりあわせたところ、佐藤は佐藤でも(あ、言い忘れてたけど、私の名前は
佐藤なんだ)隣のクラスの佐藤さんが結婚する、って話だった。おおー、あの子かあー、うん、中学時代から人気あったもん
なあ。男子たちが彼女の事を『可愛い佐藤』、私の事を『残念な方の佐藤』と呼んでた不愉快な記憶を思い出しちゃったよ。
くそう、それを追認したくなくて同窓会にも行きたくなかったというのに…。
「な、なんだよ、あっちの佐藤かよ。だよな、うん、お前が結婚とかないと思ってた、うん」
……。ええと。ここ、怒っていい、よね?だってさ、15年ぶりに会ってさ、っていうか会いに来てさ、憎まれ口たたきに来たっ
てことでファイナルアンサー?
「……えーと、じゃあ誤解も解けたってことで、帰っていいかな。私、おなか空いてるし」
立ち上がって、ぱんぱん、とお尻を叩いた。いやなんかね、ちょっと埃っぽくてさ、ここ。
「ちょ、待てよ!」
ってキムタクかよ、古いよ!
「…何?」
本っ気でかなりいらいらしながら、涼しげなイケメンを見下ろした。ちっ、顔はいいわ、頭はいいわ、実家は金持ちだわ(開業
医)って、こんな神様にえこひいきされてる人間がいるから私のような『残念な』人間が…。
「お前、さ!」
あん?と半ば喧嘩売ってる系の視線でイノを睨む。大体、気安くお前って呼ぶな!イノのくせに。小学生の時は私と一緒にこ
の川辺でアホなこと一緒にやってたくせに、小学校の卒業の時、子供ならではの可愛い約束もしたってのにさ!(あ、お嫁さ
んとかそっちじゃないんで、お間違いなく!)なのになのに。
中学に入ったら一人だけなんかきらきらしちゃってさ。へーんだ、へーんだ、もうどうせ二度と会わないんだもん、どう思われ
たってかまうもんかーだ。
「あのさ、もう、いきなりなんなのさ。普通、会いに来るなら来るで、連絡してから来ない?お偉いお医者さんなんだかなんだ
か知らないけどさ、アンタ中心に世界が回ってる訳じゃないんだよ?もう帰っていいかな?私、まーじーで!お腹空いてるん
だよね」
じゃーねっ、と歩き出した腕を、またもやつかまれた。あーのーさ!
「…!もう、いったい」
「なんで、聞かないんだよ。どうして会いに来たのか、とか、お前が結婚するかどうか、確かめに来た理由、とか」
私の腕をつかんだままそう言ったイノの声があまりにも切なそうで、思わず踏ん張っていた身体から力が抜けた。えーと。…
んん?かしゃかしゃかしゃ…←回らぬ頭を回転中…え、え、え、それって。
「…う?え?そういう話、なの?だってさ、私達ってばさ、会うの15年ぶり、だよねえ」
ああ、と神妙に頷いたイノは、私達の絶交の日…中学の卒業式の日、に遡って『彼から見たあの日』、を語り出した。
小学生の頃は、頭はいいけど運動神経はそこそこで背が低かったイノは、特に目立つわけでもモテるわけでも、なかった。
だから、私とイノが仲良くてもだーれも気にもしなければ、冷やかしたりもしなかった。んだけど。中学に入ってからまるで
雨後のたけのこみたいににょきにょき背を伸ばし、学年一位の成績をキープし続けたイノは急に女の子にモテモテになっ
ちゃって…次第に私達は口をきかなくなっていった。というか、イノは同じように接してくれてたんだけどさ、私が避けちゃっ
たんだよねー。
別にね?他の子たちから嫌がらせをされたー、とか、そういうんじゃ、ないんだよ?でもね、空気読んだっていうかさ、うん、
だって私のイノへの気持ちはライクだけどさ、他の子たちはラブなわけでさ、なんか悪くってさ。イノが怒ってるのは分かっ
てたけどさ、でもほら、ああいう時期って女の子ワールドは複雑なわけで。
で、卒業の日に話は飛ぶんだけど、イノが県外に行っちゃうっていうのは女の子たちにとって悲しい別れの日だったわけで
ね、みんな最後にイノに告りたいだの、プレゼントを渡したいだのそりゃあもう、大騒ぎだったのさ。そんな日にね、すれ違い
ざまにイノから小さなメモを渡されてさ、音楽準備室に来て欲しいってそこには書かれてて…あー、多分最後に仲直りした
いって事かなあ、ってそれは分かってたんだけどさ。
式が終わって、あちこちで涙の別れが繰り広げられてる時、女の子たちはみんな、イノを探しててね。私の親友のまきちゃん
も、会えないままお別れなのかなあ、って涙ぐんでた訳さ。でね?…うん、まきちゃんにね、彼の居場所を教えちゃった訳。
だ、だってさ、まきちゃんとの話が終わったあと、私も話せばいいかなあと思ってたんだよー、でも音楽準備室から出てきた
まきちゃんは泣いてて、慰めてる私の横を通り過ぎるイノはむっちや怒ってて、さ。
『俺、お前のそういうとこ、大嫌いだ』
だっけな、なんかそんなセリフを言われてね?でもほら、私は昔っからチキンだからさ、とりあえず謝っとこう、とごめんねって
言ったんだけども。
『お前、俺が何怒ってるのか分かってないだろ』って言うから分かってるよー、って答えて…。
『あのさ、イノ、寮に入っちゃうんだよね?今度帰ってきた時にさ、一回会おうよ』
そんな風に提案してみたんだけど、それ聞いたイノってば、みるみるうちに尚更怒っちゃってさ…。
『もうお前とは会わない!!』
っていう捨てゼリフを投げつけて走って行っちゃったんだよ、うん。
…あ、長くなったけど、これが私から見た卒業式の日、なんだけどもさ…で、で、イノ視点からの話を聞いてみたらば、だ。
うん。イノ的には卒業式のあれはそのぅ、まあ、告白的なそれだったみたいなんだな…って、えええー?!
『だだだだってさ、中学入ってからはさ、イノと私ってほとんど口きいてなかったよねえ?』
だから私がそれ、察する事が出来なかったのは仕方なくない?と暗に言ってみたら、ギロリ!と睨まれちゃったよ。そ、それ
にさ、もし、うん、15年前にそうだったとしたさ、なぁんで今頃…そう考えた私の顔になんか書いてあったんだろうか、イノはぶ
すっとした顔のまま、語りだした。
「高校は男子校だったし、大学も医学部だからな、女は少ししかいなかった。合コンとかに無理やり連れ出されて、まあ可愛
いかなって子と付き合ってみたりもしたけど…い、言っとくけど別に、ずーっと好きだったとか、そういうんじゃないからな、いく
らなんでもそこまでしつこくな…あ、いや、だから…うん、こっちに帰ってきた時とかにな、お前んちの前通った時とか、中学ん
時の奴らと飲む時にどうしてんのかな、って、思い出してただけで」
はー、ふむふむ、そうだったんだあ、と思ったけども。ええと、で、私は何を言えばいいんだろう?そう悩んでた私に、イノは
切り込んできた。
「お前は?結婚の予定はないってさっき分かったけど、付き合ってる男、いるのかよ?」
…いや。いやいやいや。そこは察しようよ、休日にこの格好でコンビニふらふらしてる女に彼氏がいるのかどうか、さ。
…とはいえ。イノの告白?を聞いてしまった今、いない、って答えるのって、こう…なんて言うの?じゃあ、みたいな流れに
なってもほら、困るしさ。
「あー、ええと、まあ一応」
画面の向こうにいるよ、という言葉は良心と闘って勝ったプライドから飲みこんだ、んだけど!!
「お前、相変わらず嘘つくの、絶望的に下手だな」
と言った時のイノの顔は、あの日…卒業式以上に怒ってて。
「な?ななな、なんで嘘だって決めつけるわけ!?」
かあっ、となった私は、まだ握られたままだった手首を振り払おうとして…逆にベンチに座ったままだったイノの胸の中に引
き込まれた。
「んにゃあ!にゃ、何するの、ちょ、やめ…!」
まるで猫みたいな声が出ちゃった私の身体は、がっしりとした腕に抱き込まれ、耳元に囁かれたのは、『…嘘だって言えよ』
っていう、低くて熱をはらんだ声で。言えよって言われても!と言おうとした唇は、顔を上げた途端に、イノの熱いそれで塞が
れてしまう。んぎゃあー!!いきなり何するのー!ここ外だよ、って言うか、なんでこの流れでキスなんだ!!
んーんー‼と抗う私を宥めるように、啄むような甘い仕草で、イノは私の唇を味わう。やーめーろー、と心中で叫びつつ、目を
閉じられない私の目の前にあるのはイノの伏せた長いまつけで、その色っぽさに女としてなんか、傷ついた!
…私も一応、30年生きてきた訳でね?キッスもそれ以上もまあ、人並みに…あ、嘘嘘、ちょっと見栄はりました。ええと、
一度だけ彼氏がいたこともあるんだけどね、まあ二人ともビギナーだったので…まあ、あけっぴろげに言うなら、こんな甘ぁ
いキスはした事がなくって…ふっ、と身体の力が抜けちゃった瞬間、唇の間に割り込んできた舌を押し返そうとして…絡み
とられ、強く吸われた。
「ん、ん、ん〜‼」
我に返ってキスを解こうとするのに、イノはそれを許さない、とばかりにキスを深め、溢れた唾液をこくりと嚥下する。
必死に胸を押しやろうとした手はイノの手に阻まれ、指と指を絡めて背中へといざなわれ…。
ああもう、抗いきれないよ、だって、だって。
そう、諦めて身を任せた私に気づいたのだろう、最後に一度、ちゅっ、と念を押すような口付けを落としたイノは、ようやく私
を開放してくれた。
熱い視線を感じた私が顔を上げると、野球をしていた少年たち(と、そのお母様方)が、フェンスの向こうに鈴なりになって
こちらを凝視していたのは…記憶からぜひぜひ抹消したい!
そこからのイノの行動は早かった。さっと立ち上がってぺこり、と観客達に頭を下げたあと、私の手をしっかりと握りこんで、
ずんずんと川原を今来た方向へ戻っていって…途中、あーだこーだ理由をつけて『とりあえず一回家に帰してー!』と訴え
る私を無視し続け、彼のでっかい御殿の敷地内にある、離れへと連れ込まれた。
「イノ、落ち着こうよ、とりあえず、えーと、話し合おう?」
身の危険をばりっばりに感じた私は必死にイノから距離を取りつつ、そう言ったんだけど。
「話?いいよ、ちゃんと聞く。明日も休みだろ?一晩かけて後でゆっくり聞く」
ちょっ、待って!一晩、って、何その危険な単語は、それに『後』って、なんの後ーーー!
なあんて心中で突っ込みまくってた私のTシャツの裾に、15年ぶりに会った昔なじみの大きな手の平がもぐりこむ。
「や、ちょ、本当にヤダヤダ!」
こういう可愛いセリフが似合うキャラじゃないのは重々承知だけども、流されて後悔するのはまっぴらごめんだし!ごまかす
ようにちゅっ、ちゅっ、と耳元へキスをしながら、イノの手はブラをずらし、先端を見つけた指先は早速、けしからぬ動きをし
始めている。
「ダメだってば!ねえ、本当にやめて!」
ひしっ、とイノの右手を両手でつかんだ私は、必死にイノの良心へと訴える。ほら、私ももう30だし、勢いでえっちしちゃって、
あーやっちゃったとか言えるキャラでもないし!
声が震えてて、我ながら色気のかけらもないな、という言い分にイノがふっ、と微笑む。
「…『もう30』なんだからさ、約束を果たしてくれてもいいだろ?」
…約束?約束、ってあれ?っていうかなんで今、その話?
「約束って、大人になったら、私を病院で雇ってくれる、って話?」
「……はああ!?」
私ったら、めくれたTシャツからお腹がぺろん、と出てる状態で。イノもすっかり、うん、そういう状態で。お互いの『約束』へ
の見解を明かしあうという、ちょっとマヌケな私達。
『だからさ、俺が医者になってここを継ぐのはかなり先になるけどさ。
サトはその間、ちゃんと看護師になれるように頑張っといてよ。そしたらさ、一緒に働けるだろ、ずっと』
『ええー?看護師さんー?無理無理、私、血とか嫌いだし』
あっさりとそう答えた私は、でも、と思い直した。大学生の従妹たちが、就職活動ってすんごい大変、って言ってたよなあ…
イノんちの病院なら通うのも近所だから楽だし、社長…じゃなくて、院長がイノならきっとお給料も弾んでくれるかも?
うん、確保しておいて悪い職場じゃないよね!
だから、私の言葉を聞いてしょぼん、としてしまったイノに、でも、と声をかける。
『私、そろばん習ってるから、事務のお姉さんにならなれるかも。それでもいい?』
ぱっ、と顔を上げたイノの笑顔が可愛くて…指きりげんまん、って可愛い約束を…。
「……!って!!なんだよ、そっちは就職先確保のつもりだったのかよ!」
いや、だってさ…12歳でプロポーズだなんて思わないじゃん…しかも、回りくどいし。
そうは思ったけど、言い返したらマズイ状況なことくらいは分かってたから、笑ってごまかすことにした。
はあああ、と溜息をついたイノが、『そうだよな、お前がバカだってことくらい、ちゃんと理解しとくべきだった…』となんだか
まとめに入ったあと…え、何、なんか視線がまたエロモード?…ちょ、狼に変身しそうな、その色っぽい微笑みは、何?
「俺さ、お前がどっかにひっかかりつつも、でもまあ、もう今更だよな、って思ってた。けど。
昨日、偶然中学の時の友達からお前が結婚するって聞いて…こう、かあっ、としたんだよな。絶対ヤダ、って。理屈でも
なんでもなくて、ただ、ヤダ、って思って…今日の朝、気がついたら、お前のウチの前に居た」
すうっ、と顎を取られて、額をこつん、とぶつけられる。
「……今度はちゃんと、はっきり言うから、今度こそ、ちゃんと答えて。
サト。…お前が好きだ。俺のそばにずっと居てくれ」
え。あ。うー…?
母音ばかりがなぜか浮かんで…もうちょっと考えさせて、と言おうと彼と視線を合わせた瞬間…小学生の頃からちっとも
変わらない、綺麗な瞳の威力に負けて、気がつけばこくり、と頷いてしまった。
ええと。…で。
彼のウチの離れに入るところを、彼のお母様に目撃されてたり、川辺を彼と手をつないで(?)歩いてるところを同級生に
見られてたり、それよりなによりあの野球少年のお母様集団の中に私の母の同僚がいちゃったりしたことで。私達の噂
は文明の利器、携帯メールの力も手伝って拡散し、気がつけばもう、後戻りできないトコロに立っていた。
「サト、散歩行こうぜ」
「うん。あ、待って。財布取って来る」
約束通り、同じ病院で働く事になった私達は、休みを合わせてはふらり、と散歩に出かけ、あの思い出の川辺に並んで
座り、缶コーヒーを傾けるデートを重ねている。
「…ね、イノ。久しぶりに、石投げしよっか」
足元に平らな石を見つけた私は、親指と人差し指でそれをつまんで、イノに見せ付ける。昔、どうしても私の持つ記録を
抜けなかったイノは、オッケ、と軽い口調で言いながらも、目が真剣に投げやすい石を選んでいる。
ぴっ、ぴっ、と水を切って飛ぶ石を見て、いつぞやの野球少年たちが歓声を上げる。
きらきらと輝く水面に、私の記録を破って誇らしそうな顔を見せるイノに、遠くから聞こえる線路を走る列車の音に。
あー、私、もしかして小学生の頃からずっと、イノを好きだったのかなぁ、なんて今更気付いてしまった。誰よりも好きで、
誰よりも近くに居たイノが中学に入ってからは遠くに行っちゃったみたいで、寂しくて拗ねて、でも素直になれなくて。
腹減ったな、とつぶやいたイノのTシャツの裾をつまんで、ことん、と頭を彼の肩へと預ける。んー、どうしたー、と答えて
くれるイノに、ごめんね、と言ったら、何イキナリ、と笑う気配に、救われる。
…よかった。
15年前のあのまま、サヨナラじゃなくて。イノを好きだって、気がつけて。
イノが他の誰かと出会っちゃわなくて、私が他の誰かと結婚してたりしなくて。
何食うー?と聞くイノに、ラーメン!と答えて、二人で並んで歩き出す。
そのつながれた手に半年後おそろいの指輪が並び、私も『井上』になっちゃう予定なんだけど、多分一生、私達は
『イノ』と『サト』と呼び合うんだと思う。小学生の時のまんま、仲良しのあの頃のまんま。
終わり
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