金色の錬金術師・89

 ガッシュは…人々のごったがえし始めた座席のむこう――――――――…後への車両とつづく『扉』をじっと凝視していた。
 額からたらり…汗が落ちて、深く刻んだ眉間の皺へと吸い込まれていく。
 ゆっくり…顎を上げて、注目している方向を二人へと示した。

「向こうに”何か”…いるのだ…」

 能天気さなど失せた、低い声。ガッシュの身体に緊張が満ちる。
 それと同時に兄弟はガッシュと同じように、扉の向こうに注意をはらった。
 …かのように見えたが。

「うそくせえ。今の今まで平気だったのが、どうして急にそんな物を感じるんだ?」
「…良くは分からぬ。しかしの…」
「へっ、死ぬまで言ってろ。おりゃトイレにでも行ってくら、あー面白い事でも無いかな〜」

 エドワードは、はなからガッシュの忠告など鼻から聞いちゃいない。ばりぼりと背中を掻いて、車両向こうのトイレへと向かっていった。
 がらっとな。カチャカチャと気の早い事に腰のベルトに手をかけて開けた瞬間、


「HE〜〜〜〜〜 I!」


 …見たくないものがそこにいたのに、金色の目ん玉をひんむいた。

 なんなんだこれは、どういう嫌がらせなのか。
 さかさに髪をたてた若い男が、さも楽しそーにもろ手をあげているではないか。
 車両いっぱい居たハズの客を隣向こうへと押しやって
 まるっこ一車両を己のモノにしていたのだ。

(あがが……)

 あごを床に落としかねない驚きで がっぱり口をあけて見ていると、ヤツはにっこり、得意げに笑いかけてきた。
 指なし手袋をはめた手で「ちゅっ…」と投げキッス。それから こいこい…と片目をつりあげて誘ってきたぞ、おい。
 エドワードはぱたん…扉を静かにしめる。
 シカトをきめこむ事にしたのだ。
 それがいい。このベルトをはずした状態で行ったらどうなるかなんて、道端のネコでも怪しさは分かるってモノだ。
 くるり厚底の踵をかえしながら…

(…神よ…見なかった事にしてくれ…いやたのむ、今だけッ! 記憶喪失なんてツゴウの良い術は無い物か…!)

 そう天に祈ってみたものの、神はいつも無慈悲だ。
 いれば、こんな分銅手足なんてなかったよ。
 ぶつぶつ物騒なことを言うのを他の客に見咎められつつも。エドワードは元いた座席へと びくびく子供がキライなにゃんこのように後を気にしながら戻っていった。

「あれ行かないの?」

 へたり…つき過ぎたモチの様に座り込んだのに、弟が小首をかしげ聞いてくる。いまは聞いてくれるな弟よ…彼にすら口を閉ざしたい気持ちだったのだ。

「兄さん、もれちゃうよ?」
「……窓からするから、いい」
「またそんな冗談を」
「………まだ我慢できる、うん」

「やだな〜ホントに窓からやっちゃったら、良い話のタネどころか、
小便小僧の錬金術師にされちゃって、笑い草にされちゃうよ」

「じゃあ………アルフォンスよ、男はやせがまんだ」
「? …ヘンな兄さん」

 こんな風に黒い突っ込みをしても、ぷしーと沸いたケットルのように騒がないなんて。
 心配から口を閉ざしたアルフォンスのカタワラで、ガッシュ一人だけが うぬぬと難しい顔をしていた。エドワードが行って戻ってきた扉の向こうへと、タラタラ汗を流すほどに注意を払い続けていたのだ。

「の、のう、向こうにいるのは、お主の知り合いなのか?」
「……あんまり言いたくねえ」
「うぬー私としては、窓から投げ捨ててしまいたくなる程、最悪にイヤなモノがいるような気がしてならないのだが…」

 ガッシュの率直な言葉をきいて、エドワードはやや面食らう。
 そうだ。全くもってその通りなのだ。今、風を切らせ疾走している汽車の、むこう車両で寛いでいるのは

 …恐怖のストーカー・エンヴィーだったりするのだ。




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