「じゃあ、夜行くからな、約束な!」

そう言ってミドリくんは手を振った。
その時はなにも言葉を返せなかったけど、わたしの胸はドキドキしていた。
パパとママにお休みなさいの嘘をついて、夜空を見ながら夕暮れに大きく揺れる手を思い出していた。
窓にコツンと小石の当たる音。 なるべく音を立てないようにそっと窓を開ける。
にっこり、大好きな笑顔でミドリくんが仁王立ちしている。
私は一度窓を閉めて、少し考えて、もう一度開けた。

ど、う、し、よ、う。

音の出さない大きな口パクで、ミドリくんに助けを求める。
ミドリくんもしばらく悩んで、両手を広げた。
首をかしげるとこいこいと、右手を曲げる。
驚いた顔をしたけれど、部屋から玄関を通るにはパパとママのいるリビングを通らなければならないし 、
ミドリくんの広げた両手がすごく大きく見えて、怖くなくなった。

いちにのさんで飛んだ。夏の風が頬をきる。
少しの痛みと共に目を開けると、ミドリくんが小声で教えてくれた。
「毛布をリュックに入れてきたから、痛くなかった!」
作戦成功、どきどきしながら手を繋いで目的の場所へ向かう。

「すげーな、フウコ、ほんとに飛ぶとは思わなかった!」
「え、ミドリくんが飛べって言ったじゃん。」
「そーだけどさ!怖くなかった?」
「ちょっと怖かったけど、大丈夫だった。」
「やるなー!」
「ミドリくんは、家出るとき怒られなかった?」
「へーきへーき。おれいつもクワガタ取りに行ってるもん。」
「ふーん。」

「フウコはラジオ体操行ってる?」
「当たり前じゃん!図書券欲しいもん。」
「図書券で何すんの」
「小説買うの。」
「へー、フウコは小説なんか読むのか。面白いか?」
「まだその本は読んだことないからわかんない。でもきっと面白い。」
「読んだら貸して。」
「貸したら読むの?」
「…たぶん。」
「ふふ、わかった、読んでね。」
「おう。」

ミドリくんは、私の手を引っ張ってまっすぐ進む。
途中カブトムシを見つけて立ち止まるけれど、「今度にする」と言って歩き始めた。

「フウコは、流れ星みたことあんの?」
「ないよ、見れるかな。」
「見れないこともあんのかな?おれすっかり見る気まんまんだったけど。」
「たぶん見れると思うんだけど。」
「なんとかりゅーせーぐんだろ」
「ペルセウス座流星群。」
「ペルセ…なんとかってどういう意味?」
「うーん、わかんない。」
「そっか、物知りのフウコにでも知らないことあんだな!」
「…まだ子供だもん」
「そーだな!おれたちまだ子供。」

学校の裏の丘を昇り始めて、少しずつ言葉が少なくなった。
息はきれるのに、どきどきは止まらなくて、
何度もつまづいたけど ミドリくんがしっかり手をつないでいてくれたから怖くなかった。
この時のわたしたちに怖いものなんてなかった。
着いた丘の上で、ミドリくんの持ってきてくれた毛布を敷いて寝転ぶ。
「そうだった」と思い出して、リュックから水筒を取り出してくれた。
まずはミドリくんが喉を潤して、次にわたしの分を注いでくれた。
ようやく、一息つく。

「すごいきれいだね」
「すげーな。宇宙の中にいるみたいだ。」
「…ミドリくんは流れ星になにお願いするの?」
「うーん、宿題やんなくても怒られませんよーに!」
「あはは、それいいね」
「フウコは?」
「うーん、まだ決めてない。」

嘘、だ。口に出したらきっと泣いてしまうから必死に心の中で何度も唱える。
どうか叶えてください。かみさま。

「「あ!」」

二人の声が重なる。目が合う。

「見た?」
「見た。」
「願い事した?」
「してない!」

あはははと2人で高く笑った。丘の上に響く声、ふたりの世界。
そこから何度も流れる星に見つけては真剣に、真剣に、祈った。
間に合え間に合えと、心の中で早口に願う。 私のたった一つの願い。







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