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お礼代わり(?)の小噺です↓ よろしければ、どぞ。







『―――― それじゃ、よろしくね』


 学院が長い休みに突入しようかというその直前、珍しくも姉から届いた手紙は、最後をそう締め括られていた。

 手紙の内容は、簡潔に述べるのであれば、近況報告と帰省の際の要求だった。
 こう言うとごく普通の手紙のようにも思えるが、生憎とウチのお姉様は素で一般常識のナナメ上方向をかっ飛んでいくような御方である。報告にしろ要求にしろ、正直これはないわ、と思えるようなシロモノでしかなかった。
 いや、ないわー。これはホントにないわ。お姉様的にはアリなんだろうけど、これはないと言わざるを得ない。


 だが、まぁしかし、すべてひっくるめてそれはもう『今更』でしかないわけで。

 えー……あー、うん。
 変わりなさそうで何より、と言うより他にない。






それすらも平穏な日常







「…………お題?」

 ものすんげぇ怪訝そうな声で、ものすげぇ怪訝そうなカオで、ものすっげぇ嫌な予感がしますー、っていう雰囲気を隠そうともせずにティトが問いを繰り出した。
 ああ、うん。その気持ちはイッタイぐらいに判るんだけどなー。昨日の俺が正にソレだ。
 判るぞー、でもどうにもなんねぇんだこれが、という気持ちを存分に押し出しながら、俺はそれに深々と頷いた。

「そ、お題」
「何故、手土産に、お題……」

 意味が判らない、とでも言いたげなティトだが、それはもう諦めて貰うしかない。一般の感性としては正しいが、相手がウチのお姉様だというだけでさらっとスルーされるから、その辺。

 何の話かといえば、もうそこはそれ、いたって単純な話で、帰省の際に手土産を持って帰れという要求に、何故だかお題などというものが付加されていただけである。どこでどうしてこうなった。

「ウチのお姉様が己にとっての面白さのみを追求した結果です」
「……ああ」
「そこで躊躇いなく納得されんのも何か物悲しいモンがあるんだけどな」
納得するしかない僕の心境の方がよっぽど物悲しいわ

 ティトのツッコミスキルが最近ますます磨かれているような気がする今日この頃。
 学院において、俺の行動に限らずそこかしこでティトのツッコミは炸裂している。あと、たまに素でボケも。どんまい。

 まぁ概ね平和な学院生活だよなー、と一瞬思考を飛ばし掛けた俺を咎めるようなタイミングで、ティトは「……それで?」と言った。うん?

「それで、って……何が?」
「何、じゃないだろう。お題だ、お題。諦めて従ってやるから何なんだと訊いている」
「素直になってくれたとこ悪いけど、お題の出題者は姉ちゃんじゃねーぞ?」

 だから俺に訊かれても知らん、と言い切ったら、ピクリとティトの眉が寄った。機嫌が傾いた時のティトの仕草である。うわぉ。

「……は? どういうことだ?」
「俺達が自分でお題決めて、自分でそれをクリアしつつ帰って来いという指令で……」
待て。もうどこからツッコんでいいものかも判らんが待て。何だその自家発電的罰ゲーム作業は! というか、指令!? 今、指令と言ったか!?」
「あ、悪い、間違えた。必要達成要求だ」
「変わらんわ! ……いや違う! 表現が酷い方向に変わってる!」

 何でそんな奇妙なことになるんだ!? と、半ば絶叫ってレベルでティトが俺に噛み付いた。
 いや、何でって言われても……、

「ウチのお姉様が面白そうだと判断したからじゃね?」

 即答した俺に、返って来たのは沈黙が数秒。

「………………納得できる僕が……、いや、お前の姉が嫌だ」
「まぁ、そう言うな。俺なんて、そんな姉の弟やってる事実があんだぞ?」
「……その点については、お前を素直に尊敬しなくもない」

 ありがとよ。
 でもアレ、結構慣れだと思うぞ? と言ったら、普通は慣れたくないし慣れないというか慣れるなとノンブレスの返しがきた。早口言葉のようだ。ナイス滑舌。

「で、どうする? お題」
「……どうしてもやるのは決定事項か」
「そこはもう諦めろ。あと、あんまりに簡単なお題は却下だと」
「だからどうしてそこでそう…………いや、いい。僕はツッコまない」
「おー、そうしとけ」

 確実に、その方が賢い。ご褒美にお題の決定権はお前にやろう。
 何がいい? と訊くと、微妙な表情で考え込んでしまった。うん、ぶっちゃけ面白いカオになってるぞ、お前。

 うんうんとひとしきり唸った後、ティトは口を開いた。

「……赤い、飲み物……とか?」
「またえらく大雑把なとこいったなー」
「うるさい! いいだろうが、別に! あまり細かく指定すると自分の首を絞めると思ったんだ!」
「あー、うん、いいんだけどさ。そのお題だと、とりあえずトマトジュースは却下な」
「は?」

 ワケが判らない、といった表情になったティトに、俺は肩を竦めてみせた。
 や、ものすんげー単純な話でしかないんだが、

「姉ちゃん、トマト嫌いだから。むしろ憎んでるっつー勢いだから。持ってったら、まず間違いなく俺らの命が危機的状況だから」

 いやホント、冗談じゃなく。嘘みたいな本気の話だからな?
 真面目に命の危機に晒される。アホみたいな理由なのに、状況がリアルにピンチになる。
 俺の口調と姉の性格から、そこに嘘はないことを感じ取ったティトが神妙なカオで頷いた。

「肝に命じておく」
「あー、あと、赤ワイン……っつーか、アルコールの類も全部却下だなー」
「は? 何でだ? マリアさんうわばみ……お酒は好きだし、強いだろう?」
「んー、確かに姉ちゃん酒好きだし、アレはザルじゃなくてワクだろっつーレベルで強いけどな」
「だろう? だから……」

 言い掛けたティトの言葉を遮るようにして、俺は続きを口にした。
 姉からの手紙に記されていた、近況報告の一文。

「でも、やっぱさすがに妊婦に酒勧めるワケにもいかねぇだろ」

 ピシッ、と空気が凍った。

 そんな錯覚に陥るぐらいあからさまに、目の前でティトが凍り付いた。
 たっぷり十数秒の沈黙をおいて、恐る恐るといった面持ちのティトが俺を見る。

「…………は?」
「いくら姉ちゃんが規格外だっつっても、赤ん坊までそうとは限んねぇしなー」
「……は? ……いやだからちょっと待て」

 有無を言わせぬ迫力を纏って、ティトが俺の肩をがしっと掴んだ。地味に痛いが、残念、言い出せる雰囲気でもない。
 呆然から転じて、複雑かつ奇妙な表情になったティトは、待て、本当に待て、と動揺の滲んだ口調で繰り返し、深呼吸を一回した。
 そして。

「…………妊婦?」
「おう」
「…………誰が?」
「ウチのお姉様が」

 というか、姉以外が妊婦だったら怖い。
 お父様とか、どこをどう間違っても妊婦にはなれまい。まずは性別の壁を越えないことにはどうにもならんワケだし……、

「……って、結婚してたのかあの人っ!?」

 ……などという俺の思考は、ティトの驚きの叫びにどこかに飛んで行ってしまった。
 ティト、お前の言い方だと割と失言ギリギリだぞ、それ。いや、お前自身何か別の意味でギリギリっぽいから敢えてツッコまねぇけど。

「おー、今年の春になー」
「春っ!? 半年近く前の話じゃないか! そういうことはちゃんと教えろっ」
「無理。だって、俺もそれ知ったの昨日だし」
「何でだっ!?」

 条件反射みたいにティトが吠えたが、いや、むしろ俺も訊きたいな、それ。何でだろ。
 地方と王都の間にある距離的な問題で、多少伝達の遅れがあるにしても半年は普通に酷い。

「なー? ツッコミどころだよな、そこ。俺、あの人の弟のはずなんだけどな」
「というか、結婚できたのかあの人っ!?」
「……あー」

 ティトレイくんや、今度の発言は完全にアウトです。

 気持ちは判らなくもないのが途轍もなくアレだが。
 指摘した俺に、ティトははっとしたように悪かった、つい……とばつが悪そうに口にした。
 つい、っつーのもフォローにはなってません、ティトレイくん。

「まぁいいや。そんなワケだから、アルコール類は却下っつーことで。赤い飲み物……だったか? 出発は明後日だから、それまでに準備しとけよ。じゃな」
「え?」

 赤い飲み物、なー。
 ワインが駄目なら、アルコールのないベリー系のジュースでいけるんじゃね? ちょっと探してみよ。

 思い立った俺は、ひらりと手を振って踵を返して歩き出した。

「…………え?」

 残されたティトは、その場で呆然と疑問符付きの呟きを繰り出していたそうだ。

 後で聞いた。
 正直すまんかった。














「ねー、何かあそこで頭抱えてるティト君がいるんだけどー」
「どしたん? アレ」
「あー、アレなー。何つーか、衝撃の事実発覚! ……みたいな?」
「そして、自分で出したお題で自分の首絞めて悶絶中、みたいな?」
「オッケー、意味不明」
「まぁ、何をやってるのか判んないのはいつものことだけどなー」
「……つーか、何でシエルの帰省にティトが当然のようにくっついて行くのかって部分にツッコめよ、誰か」
「え? それこそいつものことじゃない?」
「…………」









■あー、平和だなー(笑)
2013/01/07 真樹





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