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間抜けにも、自分自身の盛大なくしゃみで目を覚ました。

(……さみ)

まだ溺れたいと抵抗する瞼を無理にこじあけると、
やはりベッドのすぐ脇の窓が開けっ放しだったことに気がつく。
夜風に吹かれて、生成りのカーテンがはたはたと揺れている。
はたして、眠りに落ちる前に身体を覆っていたはずの毛布は、
見事に寝床の隅、自分の足下まで押しのけられていた。

原因は寝相の悪さか、それとも
日が落ちるまでひたすら眠り続けてしまう程の疲労か。
どちらにしろ、非は自分にあるようだった。
責める相手を見つけられず、シカマルは半分だけ
躯を起こして大きな欠伸を漏らした。

冷え込んでいる。昼間の蒸し暑さが嘘のようだ。

(あいつはもう、宿に戻ったのか…)

あまりにも熟睡していたからだろう。
空き時間ができたから、と奈良家を訪れていたテマリは、
どうやらシカマルを夢の中に放置したまま帰ってしまったらしい。

(ま、夕飯喰ったら、ちっと行ってくるか)

しつこく睡眠の必要性を主張している瞼をごしごしとこすり、
もう一度伸びをしてから、のろのろとベッドからはい出す。
夜の外気を吸った畳のひんやりとした感触を爪先に受けながら、
すっかり丸まった毛布を元に戻そうと、
シカマルはベッドの端へと腕を伸ばした。

「よいっ…しょ」

横着に指先だけで毛布をひっかける。
そのまま勢いをつけて枕の側まで引っ張り上げると、
何か角形の物体が折り目の蔭から転げ出した。
ばさり、と音を立てて、畳の上に着地する。

「……んだよ、あいつ、忘れモンしてんじゃねーよ……」

落下物は、一冊の書物だった。
そういえばベッドに沈没する直前、
テマリが傍らで小さな本を開いていた気がする。
別に熱中している様子でもなく、単に暇つぶしというていだったし、
題名を聞く間もなく眠りに落ちてしまったが。

それでもまあ、立寄りついでに届けてやらない理由はない。

シカマルは手を伸ばし、床の本を拾い上げた。
なんとはなしにタイトルを見ると、どうやら異国の戦記物らしい。
興味本位に数ページをめくってみる。が、普段から学術書や研究書、
でなければ事実に基づいた書物ばかり読むせいだろうか、
たくさんの台詞が続く文章はいまいちとっつきづらかった。

「……めんどくせぇ」

すぐに興味を失くして、ぱたんと本を閉じる。
胃は空腹を訴えていたし、その前にまず寝汗を吸った肌着を替えたい。
ズボンは面倒だからそのままでもいいか、そう考えて、
シカマルは右手に持っていた本を尻ポケットに突っ込もうとして。

ふと、指先に触れる違和感に気がついた。

もう一度、本を目の前に持ってくる。
閉じた書物の上方を視線でなぞれば、
薄っぺらい紙片の角が紙束の中程に挟まっていた。
単に飛び出していた栞が指をかすめただけのようだ。
このままでは角が折れちまうかな、と考え、
シカマルは栞を平行に挟み込むために本をもう一度だけ開く。

指を滑らせ、読みかけのページを探し当て、

「…………へっ」

思わず、ニヤリとした。

まったく、
あの鉛筆を手持ち無沙汰にくるくると回しながら、
あいつはオレのことを考えていたんだろうか。

正確に言えば、それは栞ですらなく、単なるメモ用紙の一片だった。

備忘録にしたのか、斜めな上に乱暴な筆跡で
「カン早朝任務、起こす」
「玉葱、米、ごみ袋」
などと書きなぐってある横に、
それよりは少しだけ丁寧な字で、彼の名が記されている。

見慣れた字の並び。

奈良シカマル、というひと綴りの単語を、幾度も読み返す。
流れるような筆跡。

きっと頬杖をつきながら、やや気だるげに、
いつもより少しだけ柔らかい視線は
滑らせる鉛筆がなぞる線の後を追って。

別に深い意味はないのだろう。
退屈な会議中か、買い物のリストを考えながら、
ただなんとなく書いてしまっただけなんだろうな、と思う。
そのままほっぽり出しておいて、たまたま手近にあったから
栞代わりに使った、その程度のことだ。きっと。

けれど、たったそれだけのことなのに。
妙に笑いがこみあげてくるのは。

あまりにも単純な自分自身にも、それはそれで、笑えてくる。


……なんだか、一刻も早く会いたくなった。


シカマルは新しいTシャツへと無造作に袖を通す。飯は別にいらない。
そこまで飢えてるわけじゃない。それよりも急ぎたい。

紙片をページの間に埋めて、本はそっとポケットにしまった。
開けっ放しだった窓を閉めようとサッシに手をかけた時、
ひんやりとした夜風が指先を擦り抜けていく。
初夏の夜の冷えこみを思い出したシカマルは、
椅子の背もたれに引っ掛けてあった上着を素早く掴むと、
早足で部屋を後にした。








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どんなに流麗な書よりも、
すばらしく絢爛な言葉の連なりよりも、
たったひとつの単語に
心はどこまでも揺らされる。





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