夢幻 荒ハム


新年度。月光館学園で迎える二度目春。クラス替えがあったり新任の教師が挨拶をしたりということはあったものの、特に目新しいことはない。
少なくとも三年の教室に入るまではそうだった。
開け放されたままの教室の扉に手をかけて、中を覗いた瞬間呼吸が止まる。

(嘘、だって、どうして)

けれど唯がその人物を見間違えるはずがない。それは荒垣の姿だった。低血圧の所為で眠たいのか、机に突っ伏して目を閉じている。
次いで先ほど見たはずの掲示板に張り出されていたクラス発表を思い返すけれど彼の名前はなかったはずだ。けれど去年、転校生である自分の名前も書かれていなかったくらいなので、彼の名前が書かれていなくてもおかしくはないのかもしれない。ひょっとしたらどこかに書き足されていたのかもしれないし、いや、そんなことをつらつらと考えている場合ではない。
詰めたままだった呼吸を再開し、ぎこちない足取りで唯は荒垣の前に立った。

「荒垣、先輩?」

声をかけると思ったより簡単に荒垣の瞼が動く。二、三度瞬きをして起き上がり、欠伸をしながら唯を見た。

「先輩、はおかしいだろ、クラスメイトなんだから」

いたずらが成功した子供のような顔で笑う荒垣に、信じられない気持ちとたとえようもなく嬉しい気持ちとが綯い交ぜになった複雑な笑顔で唯は返した。
笑顔を浮かべていたけれど、次の瞬間には鼻の奥がつんとして、心臓が鷲掴みされたように苦しくて、視界が薄くぼやけてしまった。

これからは、ずっと一緒にいられる。きっと一緒にいられる。シャドウとの戦いもなくて、ニュクスの到来に怯えることもなくて、いつ彼の命の灯火が消えてしまうのではと怖れることもない。

「…唯、泣くな」
「あは、泣いてなんかいませんよう」
「…じゃあそういうことにしててやるからとりあえず泣き止め」
「泣いてませんってば」

それは悲しみの涙ではなく喜びの涙だったけれど、あの悪夢の満月の夜、泣くなと言った彼の言葉を忠実に守り続けていた唯は、泣いていることをどうしても認めたくなくて顔を隠して首を振った。

(夢でもどうか、覚めないで)
  
 
 
「幸せそうな顔…きっといい夢を見ているんだね」

何もかもが朧気な世界で少年は少女の頭を膝に乗せて髪を梳いていた。
涙さえ浮かべて嬉しそうに微笑む少女は、少女が世界を救い、少女が仲間と交わした約束が果たされたあの日から昏々と眠り続けている。
とても幸せそうな寝顔で少女は眠り姫のように愛しい人を想いながらずっと眠り続けている。




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