未来へ伝わる 「あ、来た来た」 「久しぶりー」 「ごめんっ、遅くなって!」 店員に案内された待ち合わせ客が到着すると、席は一気に華やいだ。 最後の一人が来るまでの会話で学生時代の友人の食事会というのは漏れ伝わってきていたが、知らなかったとしても一発で分かるプチ同窓会の空気が出来上がる。 「ほんとごめーん、撮影が長引いちゃって」 「うちらもさっき来たとこだし、気にしない。それより先に軽く頼んだけど何にする?」 「じゃあ……とりあえずビールで」 その場を通りかかった店員を捕まえ、ものの数秒で注文を終えた友人に笑いが弾ける。 「やだオヤジくさー」 「うちの上司より板についてるわよ、それ。社会人一年目女子がそれってどうよ」 「うるさいわね、普段オシャレーな物ばっかだと、かえってこういう定番が恋しくなるのよ」 遅れてきた女性は肩からバッグの紐を下ろすと、疲れたようにそこを揉む。 そのバッグが大層な重量があることは、ずしんと背板に響いた音で分かった。 「グルメサイトのライターだっけ、にしても凄い荷物だね」 「ライター兼カメラマン兼ウェブ管理兼、雑用諸々、よ。あ、私こういう物で……」 おどけた調子で出したのは名刺らしい。つられてもう一人も笑いながら名刺交換をはじめる。 「頂戴致します。やっぱIT系は名刺も凝ってるね」 「そう? あんたのとこもいいデザインじゃん。あれ、部署変わったんだ」 「そうそう今ね、営業よ」 顔と名前は当然知っている仲の二人がさっさと別の話題に移ろうかとしたところで 「いいなー、社会人って感じ」 拗ねた口調がストップをかけた。 「うち基本名刺ないもん。上の方は多分あるんだろうけどさー。いいなぁ、あたしも名刺交換したかったー」 「まぁまぁ」 そこへ、とりなす様なタイミングで飲み物が運ばれて来た。 「グレなさんな。社会人らしいことやらせてあげるから。えー、では乾杯の音頭をお願いします、笠原さん」 おそらく三人の知ってる人間の物まねだったのだろう。同時に吹き出す声がする。 「あー、その、皆グラスは持ったかね。あー、今日はだね」 「顧問がっ、顧問がここにいるー」 「笠原やめてー、笑って飲めなくなるー」 ひとしきり笑ってから、カチンと控えめにグラスを合わせる音になり、そして同窓会の定番、現状報告に空気が流れた。 「懐かしいね、卒業してから集まるの久しぶりだし」 「それぞれ仕事バラバラだもんね」 「そうだね、あたしがライター」 「OLに、図書隊員。笠原は大学の頃から図書隊一筋だったもんね。どう? 仕事」 「うーん、体力はそこそこ追いつけてるけど」 「昔っから体力バカだもんね」 「ちょ、酷い。そういうあんた達だって同じじゃない!」 「だからよー、あたし自分じゃ絶対事務向きだと思うのに体力買われて営業だよー」 「あたしも鍛えてて良かった。信じられる? この機材総量十五キロよ? 上司が”ほい”って丸投げすんの」 そこから愚痴モードに切り替わったらしい。営業のキツさや取材のキツさ、そして上司への文句にシフトする。 「笠原んとこはどう?」 振られた一言がスイッチだった。 「うちにも鬼がいるよ、もうあれは鬼としか言い様がない。怒鳴られてばっかりだし、あたし同期で一番腕立てしてる自信あるわ」 「うわー」 「今日は鬼ともう一人の上司が出張でさ、少しはマシかと思ったのに! バディ、あ、組んで仕事する相手ね、そいつがその鬼上司に憧れてんだか一日小言と説教よ」 規範に逸脱しないよう気を使いながらか、具体的な事柄を避けつつ”些細な”失敗を愚痴る様子に同情と共感の声が挟まる。 「……まさかその出張返りの鬼上司が隣にいるとは思ってないんだろうね、笠原さん」 「馬鹿、声出すな」 パーテーションで区切られた隣りのブースで、慌てて小牧に釘を刺した堂上は氷が溶け切った水を一気に飲み干した。 寮に戻ってから食堂に行っても間に合う時間だったが、慣れない他館での一日でとにかく腹が減っていたのだ。 駅前で一番初めに目についたレストランは、少しおしゃれ過ぎるかと思ったが寮では決して食べられない物があるだろうという欲求に勝てなかった。 まさか、席についたその瞬間、笠原が入ってくるなんて想像もしなかった。 注文を済ませてしまっていた以上、気づかれなければそのまま、気づかれてもさらっと逃げるつもりがこの流れでは無理だ。 「すっげ、ぼろくそに言われてる」 好感度の高い方の上司として安全圏にいる小牧は、それでも堂上に気を遣って必死に笑いを堪えてくれている。 堂上は苦々しい顔になってテーブルに置かれた冷水のピッチャーから一気に、でも静かに水を注いだ。 敢えて厳しく接していたのは確かに自分だ。 念願かなって嫌われ者の上司という立場を手に入れたのは自分だ、不満に思う必要なんかないはずなのに。 「でも、悪い人じゃないよ」 どこまでも続くかと思われた文句をひっくり返す一言が聞こえてきたのはその時だ。 「厳しいのもキツイのも、あたしの為だろうし」 掴もうとしていたグラスに爪が当たって慌てて握り直す。 それほどまでに動揺した自分になぜか急に腹が立つ。 「叱られた時はこの野郎って思うんだけど、思い返すと全部自分が悪いんだよね。あー、今日のも絶対叱られるよ」 頭を抱える音と、隣りに料理が運ばれて来る音が重なった。 女性の会話はほんの少しのきっかけで話題が変わる。 美味しそうな料理にグルメライターの女性の興味が逸れ、愚痴は掬い上げる言葉を最後に畳まれた。 小牧が無言で自分のグラスを合わせて、堂上は妙に複雑な気持ちを冷水で飲み干した。 ぷちがき・・・ おまえ”同情と共感”って書きたいだけちゃうんかと小一時間 |
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