「おじちゃんなにしてるの?」

ショッピングモール。
賑わう人々。

その中に、その男はいた。
植え込みのすぐ横の白いベンチに座って携帯電話をいじっていた。

「え…?」

声をかけて来たのは、まだ幼稚園児ぐらいの少女。
白いエプロンドレス。オシャレして親と買い物、といったところだろうか。
髪は少し茶色く、ふたつにわけているのは側頭部にのっかっているビンボンのついた髪飾り。
子供特有の綺麗なつやが頭頂部を輝かせていた。

「なに、してるの?」

そして少女はもう一度聞いてきた。

男は少女の意図が分からず怪訝な顔をする。
その表情に、少女は首をこくっとかしげる。
分からない同士が、お互い「?」を浮かべていた。

「あっ…」

突然、男が息をつまらせるような声を上げた。
少女の頭越しにその向こう、男がずっと見ていた「人間」が思いがけず遠くにいることに気付いたのだ。
この少女に話しかけられたことで集中が欠けた。
見逃してなるか。
この機を逸してなるか。

「くそっ」

少女を無視して慌てて立ち上がり、追いかけようと走り始め――



ぐっ、



…と、衝撃が左腕に走った。



その急激なショックで、握っていた携帯電話がすっ飛んだ。


なんだ。
何があった。


驚き振り向くと。

そこには、自分の左腕をつかんだ、先程の少女がいた。



――というか、それしかありえない。
このタイミングで自分を引きとめることができる距離にいたのは、大勢の人がいるこの場所とはいえ、この少女しかいなかったはずだ。

「何をっ…!」

自分の腕を小さな両手でしっかりとつかみ、無表情で見上げてくる少女。
得体の知れない恐怖を感じた男は、その手を振り払おうと力任せに腕を引こうとした――が。


「!?」


それは恐ろしい力だった。


どう見ても幼稚園児。
しかし――腕を握りしめるその握力は自分と変わりない、いや、もしかしたらもっとあるのかもしれない。
冷徹に自分の腕が握りしめすぎて折れたりしないかを見極めて握っているような、そんな気さえした。
離さないなら振りきれば、とも思った。
だからその両方の動作ができるように腕を引こうとしたのにもかかわらず、少女はびくともしなかったのだ。
園児を持ち上げられない…?そんな――バカな。


「どうしてあの家族を追うのですか」


急に園児は馬鹿みたいに丁寧な言葉を喋った。
男は何にもついていけない。

「復讐のためですか――鈴木啓介さん」

全身がびくっとなったのを、しっかりと握ったままの少女が気付かないわけがなかっただろう。
とんでもない恐怖を覚えたのだ。
相手が自分の名前を知っていることも勿論、何よりも――得体のしれない少女そのものに。


「あの携帯電話で、何をする気でしたか」


その言葉にハッとした。

そうだ、あれさえ押せれば。

しかし少女の腕をつかんだ衝撃で吹っ飛んだ携帯電話。
いや、少女はわざと反射的に手のひらが開いてしまうような衝撃を与える握りしめ方をしてきた。

植え込みのどこかに飛んだと思われる携帯電話。

あれが、あれがないと。

――どうしてこんな時に、誰も拾ってくれないんだ。



突然、
携帯電話の着信音が鳴り響いた。
男の、
ズボンのポケットから。


「な…」
ようやく絞り出せた声に、少女は目だけズボンを見た。
その他の部位は一切動かない。表情筋すら動かないように見えた。

「やはりあの携帯電話は、携帯電話じゃないんですね」
今まさに鳴っているのが男の携帯電話だった。
「ああ、切りましょうね。気が散るでしょうから」
その言葉と共に着信音がやんだ。

どういうことかと目が白黒する男に、少女はゆっくりと視線を上に上に、そして男に合わせてくる。

「あの携帯電話の外見をしたものは起爆スイッチ」

瞬きをほとんどしない。
それがまた不気味だった…

「ただネットで買えたものでは、起動半径がしぼられていた。だから爆弾のある程度の距離まで近づかなければならない。そして目標が爆弾に接近するのを待っていた」

幼稚園児にしか見えないのに――

「無差別テロをやるとインターネットで騒ぎ、その実は復讐のためにあの家族を殺そうとしているんですね」
「何故それを…」
思わずそう口にすると、
「やはりそうですか」
少女は言って、

「半径50m内に近付かなければならない場合、自らにも危険が及ぶ。でもあなたはそれを逆手に取り、ぎりぎりの距離で爆発させて自らは軽傷をおい、警察の目から逃れようとした。被害者のふりをして」

男の体から力が抜けたのを感じた。
全てが明らかになったことを悟ったのだ。



「観念しろ」



中年の男の声がした。
くたびれたスーツを着た男が近付いてくる。

少女に腕を握られたままの男は、がっくりとうなだれた。――警察だ。

「手錠を」

少女の声の後、冷たい感触が手首に当たり、そして重量感を増す。
そのかわり腕にかかっていた圧迫感がなくなる。

握りしめられた場所はアザになっていた。

幼稚園児の力か――男はぞっとして少女の顔を見た。



少女は――最初に見せた、かわいらしい子供の笑顔を浮かべていた。
大人にすればとっさに笑い返してしまうような、愛らしい笑顔で。








「りえちゃん」
その呼び掛けに、少女は振り向いた。

ショッピングモールは今までにないざわつきと、静けさがあった。
目の前で捕り物騒ぎだったのだ。
そして頑強な黒づくめな服装の人間が大勢、多くの人を遠ざけて爆弾を捜していたためだ。
今はもう見つかり、安全は保障されている。

「笹本刑事」
りえちゃんと呼び掛けた刑事に少女は笑顔を見せた。

「見事なもんだなぁ」
ただ圧倒された、と頭を掻きながら、笹本刑事と呼ばれた男が小走りで少女の元にやってきた。
「子供の姿だと相手も油断するというわけだ…でも実はそれはあくまで見てくれだけで、実際は…」

「油断を誘うこと、大人では入ると厳しく罰せられるような場所への侵入が可能、見張りをしていても怪しまれにくい、それが子供」

後ろからまた別の子供の声がした。
「あぁ君は…」
今度は小学生、まだ低学年ぐらいの男の子であった。
ただその表情は硬く、とても小学生の浮かべるようなものではない。

「僕たちの任務は犯人逮捕に協力し、護送まで付き合う。鈴木啓介を乗せたパトカーの後ろの車両に僕は乗ります」
「私は前に」
表情がすっかりなくなったふたりは、そのまま歩き出した。

「――あぁ」
思い出したような笹本刑事の声が後ろからかかる。
同時に少女たちは振り向いた。

「何故鈴木の左手をつかんだんだい?右腕で反撃されたりって可能性があっただろう」

その問いに、少女は笹本の眼を見ているような見ていないような、不思議な視線で答えた。
「鈴木啓介は左利きです。腕時計は右腕にあり、私が声をかける直前にいじっていた携帯電話は左手で操作していました。立ち上がろうとしていた時は携帯電話はしまっていましたが、そのかわり胸にしまっていた爆破スイッチを押そうとして左手を空けていたのです」
分析結果を淡々と伝える。
そんなところまでも――見ていて、見えていたのか。
右利きの人間の左腕をつかむのは危険だが、左利きの左腕――利き腕をとられれば動きにくくなるのは間違いないことだ。

「そうか…右利きが多いもんだから、つい、と思ってしまってな」
「いえ、その確率論は正しいと思いますよ」
ハハ、と笑う笹本刑事に少年が言う。
励ますつもりなのだろうか。

「それでは我々はこれで」

再び踵を返す少年少女たちに、

「ご苦労さん」

笹本刑事からのねぎらいの声。
ふたりはハッとしたように。
綺麗に揃って振り向くと、軍隊のような見事な礼をして。

今までのことはなかったかのように、楽しそうにショッピングモールを駆けて行く幼い少女たちになった。



「…あれが、なぁ…」

笹本刑事は深い息を吐いた。




世界中のロボットに携わる人間が、叡智を結集して作り上げた最高性能アンドロイド。
そのうちの2体を、目の当たりにしたのだった。







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