【 夜 】 悠季が自らセックスを求めてくるというのは本当に珍しい。 彼のからだが要求する以上に僕から彼に求めてしまうことが多いために、欲求が具体的な形になることが少ないからだ。 ああ、認めよう。 彼のさりげない動作や彼の身動きすることによってふとかすめる甘い体臭、そして僕に向けた無邪気な笑顔を見ただけで 彼が欲しくてたまらなくなってしまうのだということを。 そのどれもが僕にとっては極上のフェロモンとなってしまう。彼にとって媚も欲情も含んでいるとは考えてはいない、にもかかわらずだ。 そして、たまさか彼の方から求めるにしても、口に出して直截に言われる事はほとんどない。 微妙なニュアンスの言葉やしぐさ、言葉以上にものを言うようなまなざしで訴えてくるのだ。 『察してくれ』と。 普段清冽な彼が見せる匂い立つような艶やかな媚は、甘く極上だ。そうしてまるで誘蛾灯に誘われる蛾のように、 喜んで僕はその求めに応えることになる。 だが時に彼が直接的に望んでくることがある。 実になまめかしい風情で、あるいは思いつめた風情で言われる言葉は・・・・・。 「ねえ圭、欲しいんだ・・・・・」 それは僕にとって喜ばしいことだったが、その動機が問題だった。 悠季が僕に欲しいと言いだすのは、あるときは快い酔いに身も心も解放されている時。あるいはリサイタルの成功などによって高揚している時。 これならばいい。 だが、無意識に悩みや悲しみや怒りから望むものなら…問題だった。 悠季は口に出して弱音をはくことを苦手にしている。 そんなとき言葉ではなく、からだで無意識に訴えてくることがある。 心の痛みをごまかそうとしているのか、それとも忘れようとしているのか、自分のからだを痛めつけようとでもするかのように、 自虐的な過度のセックスに没頭し、際限なく求めてくることも多く、気を失うまで繰り返すことで心のバランスを図ろうとしてくる。 僕はそれが彼のからだはもちろん、心にも負担がかかっているのではないかと危惧してもいる。 内心はどうあれ、積極的な彼を喜んで受け入れてしまうのだが。 いったい何が彼を追い詰めているのか。どうすれば彼から聞きだして心を解きほぐすことが出来るのか僕は悩む。 とは言っても、それを直接彼に尋ねる拙さも承知している。 彼の中に生まれた悩みや苦痛を言葉にして出せるのはそれがしっかりとした形になっていることが必要で、彼が言いだす前に 問いただしたとき、はたして彼に自覚があるかどうかわからないこともあるのだ。 ということは、逆に彼を追い詰めてしまう事になる。それこそ本末転倒になってしまうのだ。 今夜もそんな日だった。 実にコケティッシュな表情で僕を誘い、熱っぽくうるんだ瞳と熱いからだが僕を直撃し、迷う暇など与えることなくベッドへと誘い込まれた。 熱心な愛撫と情熱的な動きは僕を引きこんでたまらない魅力を放つ。 今も僕の上にまたがり、懸命に腰を振る彼は必死で快楽を求めているようにも思える。 「う・・・・・あ、ああっ!・・・・・いいよ、すごく・・・・・も、もっと・・・・・ねえ圭、もっと・・・・・!!」 汗に濡れてぬめる肌は僕の手のひらに吸いつくようだった。 僕が『彼』へと手を伸ばすと、その手を払われた。 もう耐えられないといった風情で濡れしたたっているから、もう解放してあげようと思ったのだが、悠季にとっては余計なお世話だったらしい。 「・・・・・だめ。いっちゃうから・・・・・っ!」 簡単にイッてしまいたくないということか。快感を長引かせれば、それだけ絶頂が高まるからだ。 そしてそれほど体力のない彼にとっては何回もの絶頂は負担がかかりすぎるということかもしれない。もっと長く楽しむため。 しかしこれ以上は彼の体力がもたないだろう。それでは今夜は休んだ方がいいと、僕から終わらせてあげた方がよいだろう。 「だ、だめっ!そんなことしちゃ・・・・・!あっ・・・・・ああっ・・・・・!」 また絶頂を迎えたのか、僕の手になぶられていた昂ぶりは、ふるりと揺れてもうこれで今夜何度目かの精を吐き出した。 もう限度だったとうったえているかのように、量はごく少なく、薄い。 けれど、彼の中は熱くうごめき、僕を求めてやまない。もうほとんど上がらない腕で僕を抱きしめ、離さないでくれと訴える。 これ以上のことは彼のからだに良くない事は分かっているのだが、彼の心のためには、さてこれからどうするべきか。 悠季は荒い息が僕の耳元に吹き、ぐったりと僕に身を委ねている。先ほどまで僕の肩にすがっていた腕もぱたりと落ちて動きもない。 気を失ってしまったのだろうか?もしそうならいつまでもこのままでいるよりはベッドに寝かせてあげなければならないが。 「・・・・・圭、あのさ、抜くから」 かすれきった声がひどく色めいていて、また欲しくなってしまいそうだった。 のろりと彼のからだが起き上がって、粘った水音と共に僕を締め付けていた熱い粘膜が離れていく。 ふらりと揺らいだところを支えて隣りに寝かせてあげた。 彼の好きな腕枕に。 「・・・・・ごめんね。心配させちゃったみたいだね。今夜の僕ってちょっと変だったろ?でも何も聞かないでいてくれたから きっと察してくれてたんだろうなァって思ってさ」 「・・・・・はあ、まあ」 「君が僕を受け入れてくれるって分かっているもので、つい甘えちゃうんだ。こんなふうに悩みをセックスで紛らわそうとするなんて よくないって分かっているんだけどね」 ええ、そういうときがあることはよくわかります。 「こんなことをしないようにしなきゃと思ってるんだけどね。心配かけちゃうものね。どうも僕って何かあると考えすぎるみたいだ。 今抱えている問題もきちんと話すから・・・・・」 「はい」 安心した。以前のように悩みや苦しみを自分の内にこもらせてしまうのではなく、吐き出すことも覚えているのだ。 「・・・・・でも、・・・・・ちょっと眠く・・・・・て」 「お休みなさい。話はあとでいいでしょう」 「・・・・・・・・・・うん。ありがとう。圭、愛してるよ・・・・・」 耳元にささやかれる声は甘やかで、僕の下半身を直撃したのだが・・・・・。 まったく僕ときたら、節操のない。彼の悩みさえ欲情の引き金にしているかのようではないか。 僕の葛藤をよそに、疲れきっていた彼はそのまま夢の中へとすべり込んでしまっていた。 「おやすみなさい、悠季」 僕は安らかな寝息をたてている彼の唇にそっとキスを落して、目を閉じた。 僕もぐっすりと眠れそうだった。 2013.8/19up |
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