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ささやかではありますが、お礼小説をご用意しました。

「月蝕」の騎士皇子シリーズより。

 スザクさんも人間なんだから(多分)風邪ぐらい引きますよね。

   ・・・Last update 4/11 
              注: 1~8まではNovel ページに再アップしています









9.



 病人の部屋らしく、室内は少し湿った空気が漂っていた。
 元々スザクは寝る時は部屋を真っ暗にするタイプだ。だがそれでは様子を見に来た者が困るということで、最低限として小さくフットライトが灯されている。その淡い光に家具や壁の凹凸がうっすらと浮かび上がり、そうしてそれらの一番奥の壁際に、人の形に波うつ毛布の塊を見つけて、ルルーシュはこくりと喉をならした。
 はやる心を抑え、ゆっくりと足音を消してそちらへと向かう。距離が近づくにつれてそこに横たわる人の姿がはっきりとして、けれど相手を起こすことないよう、後数歩のところでルルーシュは目線を合わせるようにそこに膝をついた。
(――…スザク……)
 普段熱を出さない人間が病気になると非常につらいものだというのはルルーシュも想像できる。だからこそ、ちょくちょく様子を見に来てできれば看病なりをしてやりたかったのに、不自由なものだ、皇子という身分はそれすらも許してくれない。
 ルルーシュが熱を出したおりは、スザクがそれこそつきっきりで側についてくれる。ひんやりと冷やした布や口当たりのいい飲み物を用意して、優しい手で髪や額を撫でて。何より、浅い眠りから目覚めたその時、いつも見守るように側にある翡翠にどれほど癒されているかしれない。
(……もらってばかりだ、俺は)
 スザクのくれる忠誠や愛情に、自分は少しでも報えているのか。
 切なくなってしまって、もう少しだけ距離をつめる。手を伸ばせば届くほどの距離。穏やかに眠るその寝息が聞こえてくるが、常とは違いこれだけ近づいているというのに目を覚ます様子はない。やはり風邪で相当体力を失っているのだろう。久しぶりに見るその顔は、以前よりもまた頬のラインが削げて、ここ数日の闘病での消耗を物語っていた。
(……大変だったな)
 その削げた頬のラインに少しばかり伸びた髭を見つけた。ルルーシュの前に出るときは騎士らしく身なりを整えているから、普段見ないそんな姿が新鮮で、同時にそれだけの時間彼を見ていなかったという事実が切なくなる。ほとんど無意識に、離れていた時間の象徴のようなその部分に触れようと手が伸びる。きっと触れれば、少しばかりざらりとした感触が指をなでるのだろうと――しかし、それは触れる直前、制するように動きを止められた。

「――……、ル、ルーシュ……?」

 ――どきりと、大きく胸が震えた。

 手首ごと捕らわれた、馴染み深い熱い肌の感触。寝起き直後の擦れた、そしてその分ぞくりとした色をはらんだ声。――何より、淡いフットライトの中でも確かに見て取れる、今は潤みを帯びた深い翡翠色。
 近づく気配に反射的に身体が動き、結果として覚醒しただけのスザクは、そこに思いもしなかった人を見つけて戸惑ったように幾度も瞬きした。カレンがバイオハザードと称した過剰ともいえる隔離体制が解除されたとは聞いていない。周囲の景色は寝る前と同じで、だからここはスザクの病室として与えられた使用人の棟の一室なのだろう。
「…え…ルルーシュ? どうして…え?」
 この状況にいたるまでの経緯を測りかねて幾度も首をひねるスザクであったが、手にした細い手の感触はよく知ったものであったし、何より彼が主兼恋人であるその人を見間違えるはずがない。それでも、問いかける声は戸惑いと喜色が半々で、単純に手放しで喜べない彼の複雑な心中が滲み出ていた。
 顔を見れたのは嬉しい。身も心も捧げた大切な人が側にきてくれたのだ。――けれど、いいんだろうか。
 そんなスザクの問いかけるような眼差しにさらされて、いたたまれないのはルルーシュだ。単純な事実だけを述べれば、心配だから様子を見に来ただけ。けれど、ほんの数日も待てなくて、こんな夜半に周囲の人間の目を盗んで忍んでやってきたなんて、自分が彼にどれほど依存しているか知らしめるようなものではないか。
 それでも、じっと見つめてくる翡翠の前では沈黙を貫くことなんてできなくて、手首を捕らわれたまま、ほんの少し視線をそらして彼の疑問に答える。
「――…い、いつまでたっても復帰しないから」
 そんなに悪い状態なのかと、心配するのは当然だろう!と。赤くなった頬を部屋の暗さの中に隠してそう言い放つルルーシュだったけれど、幼い頃からずっと寄り添い続けた騎士にとっては、そんな照れ隠しの中に潜んだ本心を掬い取ることなんて簡単で。
「――…心配してくれたの?」
 あっさりと本心を看破されて、さらに頬が赤くなったことが分かった。
「あ、当たり前だろう!」
(離れない、って言ったのに。病気とはいえ、こんなに長い間オレを放置して)
 口を開けば理不尽な罵倒が出てしまいそうで、ぐっと唇を噛んでこらえたルルーシュにスザクがどうしようもなく嬉しそうな笑みを浮かべる。
「――ごめんね? 心配をかけたかな」
「し、心配なんて…っ」
 思いっきりしたに決まってるだろう!と。捕らわれていたはずの手で逆にスザクの手首に爪を立てるようにぎゅっとしがみついたルルーシュに、我慢なんてできるはずがない。両手をまわして、掬い上げるように身体をベッドの上に引き上げて、そうしてようやく胸の中に納めた細い肢体の感触を肌に刻み込むように抱きしめた。
「――…スザ…」
「ごめんね」
 耳元で囁かれた、大好きな声。少し低くて、甘い響きのそれ。心配をかけたこと、我慢をさせたこと、こんな夜中に忍ばせてしまったこと、その全てへの謝罪に、ルルーシュがうーっと唇を噛み締めてスザクの肩に顔を埋める。そんな風に、ルルーシュの一番好きな声で、想いが滲むような優しい響きで囁かれたら、虚勢でもヘソを曲げ続けていることなんて不可能だ。
 不自然なこわばりが抜けて、スザクの抱擁に身を預けるように力の抜けたその背を、大きな掌が幾度も撫でる。
「…寂しかった?」
 こくり、と肩に埋められた黒髪が揺れる。
「ここには入るな、ってカレンやジェレミアに言われて…」
 お前にも、と恨めしげに続けられたその声に、スザクが小さく苦笑をもらす。 
「ルルーシュにはうつしちゃいけないと思って」
「…大げさなんだ」
「大げさぐらいでちょうどいいよ。ルルーシュにはこんなつらい思いしてほしくない」
 まだ異論のありそうな目で見上げてくるルルーシュのその視線に含まれた棘をやわらげるように、目尻に小さくキスを落とした。久しぶりのその感触に、腕の中の黒猫が心地良さそうに目を閉じる。離れていたせいで途絶えていたこんな小さな触れあい。そんなものにも飢えていたのだと、ようやく与えられた優しい体温にルルーシュが小さく息をつく。
「ここには、一人で来たの?」
 部屋の中はルルーシュ以外はリーアだけで、扉の外にも護衛の気配はない。いくら離宮の中とはいえ深夜に一人で出歩くのは感心できるものではない。そしてそれをルルーシュも自覚はしているのだろう。肯定を示す小さな頷きは、どこか歯切れが悪い。
「…だって、誰かに言えば絶対に反対されるだろう」
 扉の外のマークが示すように、まだ隔離の解除は降りていない。そんな中スザクの元に行くといえば全力で反対されるのは必至だ。
 後ろめたさのせいか、常になくぼそり、ぼそりと告げるルルーシュに、スザクがはーっと大きな息をついた。小言でも言われるのか、と目を閉じてルルーシュが肩をすぼめる。けれど、その耳元に響いたのは、小さな笑い含みの声。
「…本当はたしなめなくちゃいけないんでしょうけど」
 え、と見上げた視線の先、思いもかけぬほどの至近距離に迫っていた翡翠。こつりと額を触れさせて、スザクが愛しげにルルーシュの頬を撫でる。
「――参ったな。嬉しいとしか思えない」
 そうして落とされた、頬への小さなキス。
 スザク、と名を呼んだルルーシュに、染み入るような笑みを向けて、スザクはルルーシュの額に、こめかみに、目尻に幾度も小さな口付けを落とした。
 いつもと違う髭の感触の混じった、羽のような優しいキス。それにお腹が一杯になった主がくすぐったいと小さな、けれど満足げな明るい声を漏らすくらいに。





  ・・・・・・・・・・・ようやく再会。黒猫皇子、狼騎士の毛皮にもぐりこむの図。
    次はもひとついちゃいちゃの回でーす。


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                   From Archaeopteryx 凪








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