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 ●1 代役不能

視線を感じて顔を上げると、銀髪の少年がこちらをのぞきこんでいた。
「どうした、ジーニアス」
「ううん、なんでもない」
「?」
なんでもないと言いつつ、少年は隣に腰をおろす。クラトスは首を傾げたが、結局何も言わずに正面に顔を戻した。
視線の先では息子が手錠の大男を相手に二本の木刀を振り回していた。
爽やかな午後のひととき。のんびりしている余裕はないが、時にはこうした息抜きも必要だろう。左足に這い登ってきた蟻を指で飛ばして、クラトスは浅く息をついた。
まさか再びこの場所へ戻ることになるとは思わなかった。あの森の中で全てを終わらせるつもりだったから、いまだにロイドたちと共にあることに馴染まない。
それでも決して悪い場所ではなかった。
「ねえクラトス。あのさ、聞いてもいい?」
不意に隣でけん玉をいじくっていたジーニアスが、丸い瞳でこちらを見上げて言った。何を聞かれるのか見当もつかなかったので、「言ってみろ」のつもりで視線を投げ返す。
すると少年はややためらいがちに口を開いた。
「その、クラトスは最初からロイドが息子だって気付いてたのかなって」
「……確信を得たのは神子の旅立ち前夜だ。ロイドの母親の墓を見て、悟った」
「ふーん、そっか」
そのあいづちの意図はあるのか。クラトスは渋い顔をして少年の視線から逃れた。
この一見無邪気な少年は、実は息子よりはるかに賢く理解力もある。やましいことがあるわけではないが、そんなふうに含みを持った態度を返されると妙に居心地が悪くなった。
逃げた視線の先では、ロイドが足払いをまともにくらい派手に吹き飛ばされた。呆れて額に手を当てると、ジーニアスがくすくすと笑う。
「今だから言えることなんだけどさ」
そう前置きして、ジーニアスは声を潜めた。
「ぼく、ほんの少しだけクラトスがうらやましかったんだ」
「うらやましい?」
思いがけない単語にクラトスは再びジーニアスを見下ろす。照れているのか俯いた表情は銀髪に隠されて見えなかったが、続いた言葉ははっきりと聞こえた。
「ほら、シルヴァラントの再生の旅の時、よくロイドと剣術の稽古してたでしょ?……ロイドすごく楽しそうだったから」
「…………………」
――我流の剣術があまりにも隙だらけで見ていられなかっただけだ。
クラトスはそう言おうとして、思い留まった。本心を探れば、それだけの理由ではないことなど明らかだったから。
ロイドが楽しんでいたように、クラトスも嬉しかったのだ。
絶対に名乗り出ることはできない立場で、親子の真似事のようなことができたことが、実は内心誇らしかった。
だが、そんな本音を言えるわけがない。
なのでムスッと黙ったままでいると、少年はけん玉を器用に操りながら付け足した。
「ぼくはあんまり力がないから、稽古相手にはなれないってわかってたけど、やっぱりちょっとだけね、うらやましかったんだ」
ざあと強い風が吹く。舞い上がった木の葉にまぎれて相手のふところに踏み込んだロイドが、左手の木刀を振り切った。わき腹を叩かれ、仰向けに跳ぶリーガル。その顔の脇に右手の木刀を深々と突き刺して勝負はついたようだった。
笑いながらリーガルが立ち上がるのに手を貸して、ロイドがこちらに大きく手を振る。
「おーい、ジーニアス!」
その呼びかけに答えて、ジーニアスは「よいしょ」と立ち上がった。小さなズボンの汚れをはたいて駆け出そうとしたところで、クラトスは呼び止めた。
「ジーニアス」
「っと、なに?」
まだ幼さの残る少年の顔を見上げて、クラトスはわずかに頬を緩める。
「人それぞれ担う役割は違うものだ。私はロイドの父親だが、親友になることはできない。その点で私はお前をうらやましく思うこともあったかもしれない」
ジーニアスは一瞬きょとんとした。その表情でクラトスは悟る。
頭の回転の速いこの少年には余計な一言だったかもしれない。きっと彼はもう自力でその答えにたどり着いていたはずだ。
だからこそ「今だから言え」たのだろう。
「いや……」
「ありがと!」
発言を撤回しようとかすかに首を振ったクラトスの視界に、純粋な笑顔が咲いた。弾みをつけてくるりと回ったジーニアスは、そのまま振り返りもせず親友のもとへ向かって駆けていく。
幼い後ろ姿を見守りながら、クラトスは苦笑した。
言う必要はなかった言葉かもしれない。けれど声にしたことで変わったこともあるかもしれない。
それはたとえば、第三者を挟んだ関係ではなく、同じ道を歩む仲間としての距離。


クラトスとジーニアス。
どうしてもロイドを挟んだ関係になりがちだけど、何気にクラトスはジーニアスのことも気にしてるんだと思うなぁ。
あまり機敏ではない最年少が危なっかしくて見てられない、というか。





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