COUNT DOWN




お正月は、母方の祖父母の家で迎える。

それが私の家の長年の定番だった。

私が生まれる前、父と母が結婚したときからの毎年の決まりごとだったらしい。

決まりといっても、もちろん誰かが強制しているという意味ではないけれど。

それでも長年の定番は、すっかり我が家に定着していて。

私にも小さな頃から、お正月はおじいちゃんとおばあちゃんの家で迎えるものという感覚が、ごく自然に受け継がれていた。

そしてこの定番は、この先ずっと何年も何年も変わらず続いていくのだろうと自分でも思っていた。

祖父母が健在のうちは、このままみんなで新年を笑顔で迎えていきたい、それが一番の幸せだと思っていた。

けれど。

その気持ちは、思いもかけずあっさりと翻った。

たったひとりの、たった一言で。




「今年は行かないって?どうしたの急に?」


12月も下旬を迎え。

今年も残すところいよいよ僅かとなったある日。

私は、思い切って母にそう切り出していた。


「今年は一応受験生だし…家で受験勉強しようかなって」


苦しい言い訳なのは、自分でも分かっている。

私が受験生なのは事実だけれど、でも一般的な受験生とは異なる立場であることは、誰よりも私と両親がよく理解していた。


「受験って言っても、進級試験に問題ない成績は取ってるじゃない」


希望の学部にも入れそうなんでしょう?

案の定、母は私の言葉に怪訝そうな顔をする。

そう。

私は中学受験で大学附属の一貫校へ進学しているため、受験生とはいえ、そこまで大学受験に必死になる必要はなかった。

普段の高校生活において標準的な成績さえ修めていれば、問題なく附属の大学へと内部進学できる身なのだ。

そして私は、これまでの高校生活でその権利を認められるだけの成績は修めていた。

母が怪訝そうな顔をするのは、当然のことだった。


「それはそうだけど、でも、一応進級試験はあるし…」


内部進学とはいえ、建前上、進級試験という試験は存在している。

もちろん建前上のことなので、外部組と比べれば試験内容は驚くほど簡単だけれど。


「この間は、進級試験は今までのテストと比べたら簡単らしいって言ってたじゃない」


急に変な子ねえ。

母は先日の発言と完全に矛盾している私の言葉に、ますます怪訝な表情を浮かべた。


「言、ったけど…」


珍しく歯切れの悪い口調でモゴモゴとしている私の様子を、母はしばらく怪訝な表情のまま黙って見つめていたけれど、やがて何か察するところがあったのか、ふと小さく息を吐くなり、曖昧なそれへと変化させた。

苦笑とも微笑ともつかない、曖昧な表情。

困惑しているような、けれどどこか納得しているような。


「――分かったわ。お父さんやおじいちゃんたちには、そういうことにしておきましょう」

「――え?」


予想外の言葉に、少し瞳を丸くして母の顔を見つめると。

今度はその顔にハッキリと苦笑が浮かべられていた。


「まだ子どもだと思っていたら、いつのまにか家族よりも恋人を選ぶような歳になってたのね」

「…お母さん…」


真の理由を言わずとも、すべてを見透かしてみせた母に驚くと共に、なぜか急に罪悪感とでも言うべき感情が私の胸に溢れ出す。

事の発端は、たったひとりの、たった一言。


『今年はふたりで年を越そう』


その一言で、長いこと当たり前だと思っていた私の中の定番は、あっさりと翻ったのだ。


「ごめんなさい」


これからもずっと、みんなで笑顔で新年を迎えていきたいと思っていたはずなのに、たった一言で揺らいだ私の気持ち。

それが何だかとても薄情なことのように思えて、母の顔がまともに見られなくなってしまった。


「謝る必要なんてないわ。子どもはいつか大人になるものだもの」


でも、彼と年越しをするためだなんて知ったら、お父さんやおじいちゃんたちはさすがにショック受けると思うから、内緒ね。

自分の唇の前に人差し指を立てて、芝居がかったウィンクをしてみせる母に、私はもう一度だけ「ごめんなさい」と呟いた。

そんな私の頭を、母は困ったような笑顔で、軽く撫でてくれたのだった。




その瞬間、世界はあらゆる音に包まれた。

新年を祝う花火の音や人々の歓喜の声。

あまりにもたくさんの音が一斉に私の鼓膜を震わせるので、すぐ隣にいるはずの人の声さえも、今だけは容易には聞き取ることができなかった。

何かを言われたことだけは私を見下ろす彼の表情で分かるのだけれど、それが何であったかまでは聞き取れない。

もう一度言ってほしいと答えたものの、この音の洪水は私の耳に彼の声を届けることを妨げているのと同様に、私の声を彼の耳に届けることも妨げているようで、彼は小さく小首を捻ってみせただけだった。

仕方がないので、もう一度という意味を込め、手袋をしたままの右手の人差し指を突き立ててみる。

すると彼はそれを見た途端、なぜか俄かにうっすらと頬を赤く染め、私から視線を少し逸らせた。


(…どうしたんだろう?)


思わぬ態度に不思議そうに彼をまじまじと見つめていると、彼はしばらく忙しなく百面相をしてみせていたのだけれど。

やがて意を決したのか真剣な表情へと引き戻すなり、今度は聞き逃されないようにと身を屈めて私の耳元まで顔を寄せ――。


「!!」


それを聞いた私の顔が、彼と入れ代わるように真っ赤に染まるまでは、そう時間がかからなかった。




らいねんも さらいねんも わたしが このよにいるかぎり

どうか わたしの となりにいるのは あなたでありますように

らいねんも さらいねんも あなたが このよにいるかぎり

どうか あなたの となりにいるのは わたしでありますように


Happy New Year!!




(2011.01.05)


学プリの??×主人公SSです。
お正月らしいお礼を書きたいと思い、できました。
主人公の相手は誰でも可能なように、敢えて名前が出てきません。
そして相手が主人公に何を言ったのかですが、その後の主人公のモノローグ?から察してみてください(笑)

それでは、拍手ありがとうございました!




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