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『テニプリ』小説『ささやかなこの願い』

「周助、お客様よ。手塚君」
 不二周助に、姉由美子が声をかける。
「わかった。今行く」
「ちょっといつもより畏まってたわよ。あなた達恋人?」
「やだなぁ、違うよ。姉さん」
 少年が笑顔を浮かべた。尤も、彼は笑顔の方が多い。中性的な美少年と言われることも多々ある。
「そう? 私は何でもお見通しなのよ」
 メイクもバッチリの由美子が、茶色の肩までの髪の弟にずいっと顔を近づける。由美子も美人だ。周助達の弟の裕太もなかなか整った顔をしているし、不二家は美形の家系なのかもしれない。
 尚、由美子は占い師でもある。よく当たると言うので、ファンも多い。
「あなたは昔から男好きのする子だったからねぇ。変な虫がつかないか姉さん心配だったのよ。でも、手塚君ならいいわ」
「姉さん……」
 不二周助は苦笑した。確かに、手塚は不二の恋人である。このことは、一部では密かに話題になっている。
「手塚君が将来の義弟になる訳ね。今から楽しみだわ」
 などと、由美子は冗談か本気かわからないことを言う。変なことが流行り出した。
 不二は、自分に彼氏が出来るとは思わなかった。これでも、女の子が普通に好きな少年なのである。――手塚に会うまでは。
 手塚とテニスで繋がっていくうち、段々真面目にテニスで打ち込む彼に惹かれて行った。
 そして、今日は久しぶりのデートなのである。
「姉さん。僕、出かけてくるから」
「行ってらっしゃい。何なら帰って来なくてもいいわよ」
「姉さん……」
「冗談よ。あなた達中学生でしょ。健全なデートをね。大人になったら一線を越えてもいいから」
 由美子は手塚が聞いたら卒倒しそうな台詞を吐く。
 ――不二はくすっと笑った。
「わかったよ。姉さん」
「そう、その笑顔」
 由美子は人差し指で弟を指差した。
「その笑顔で手塚君を誘ったのね」
「――行ってきます!」
 流石にこれには不二も参って、走るように部屋を出た。
 玄関では手塚が待っていた。畏まってるだって……? 普段と同じじゃないか。尤も、手塚は表情筋が固いから……乾にもそのことで揶揄われていたし。
「――早かったか?」
 男らしいが凛と通る美しい低音の声。手塚はカラオケは苦手だそうだが、実は歌が上手い。桃城にもよくリクエストされていた。
 そんな手塚は、不二の声が好きだと言う。不二も自分の声は嫌いではない。一本芯の通ったアルトの声だ、と、手塚に評された。
 二人は青学のおしどり夫婦と呼ばれている。くすぐったいが、手塚と一緒なら嫌ではない。
「出よう、手塚」
「ああ」
 二人はぽくぽくと足取り軽く歩いて行く。一緒に歩くのが一番楽しい。足腰を鍛えることにもなるし。
「お前の姉さん、元気そうだったな」
「ああ――」
 不二はさっきの姉との応酬を思い出して、ちょっとげんなりした。表情には出さなかったが。お互い、感情表現は上手くない。不二の場合はわざとそう思わせているところもあるが。
「何を考えている? 不二」
「え、何でも――」
「お前は、時々遠い」
「そうかな」
 ――遠いのは君の方だよ。こんなに近くにいるのに。不二は思った。
「大したことは考えてないよ。姉さんのこととか」
「お前の姉さんが何か言ったのか?」
「――手塚が義弟になってもいいって」
 不二は笑いの発作に襲われた。と言っても、氷帝の跡部のような馬鹿笑いではなく、控えめなくすくす笑いだったが。
「それは……」
 手塚が一瞬黙った。そして言った。
「来年も一緒にこの道を通ろう。来年も再来年もずっと。それが、俺のささやかな願いだ」
「うん――」
 僕もだよ。
 僕も、この道を手塚と歩きたい。
「手、握ってくれる?」
「勿論」
 手塚の手。あったかい。
 こんなところ、テニス部の人達に見られたら揶揄われるだろうか。でも、青学のテニス部の人達は、皆いい人達だから、はやしたてても二人を傷つける人はいない。
 後輩の越前リョーマは、
「手塚部長と不二先輩、羨ましいっス」
 と言っていた。彼にも想い人がいる。氷帝学園――ライバル校の跡部景吾である。
 氷帝は敵である。跡部はそこの生徒会長をやっている。けれど、そんなことでめげる越前ではない。ただ――跡部はモテるくせに、のほほんとしているので、もう少し危機感を持って欲しい。そう越前は語っていた。
 跡部さんと一緒の学校へ行きたかったなぁ――そう言って、越前は溜息を吐いていた。でも、こればかりは仕様がない。
 最初は跡部のこと、嫌っていたのにね。好きと嫌いは紙一重ってところか。
 そうだ。手塚にも訊いてみよう。
「ねぇ、手塚。いつから僕のこと好きだったの?」
「――それは、難しい質問だな」
 手塚は空いた手でフレームレスの眼鏡のブリッジを直す。
「前から嫌いではなかった。気が付いたら好きになってた」
「――手塚らしい答えだね」
「俺らしいと言うのは、どういうことだ?」
「口で言うのは難しいけど――何となく手塚らしいと思ってさ」
「……お前はどうなんだ?」
「僕? 最初は部長として尊敬してたよ。でも、対戦を重ねているうち、恋に変わっていた」
「――俺も似たようなものだ」
 テニス。僕達を繋げてくれたもの。
 対照的な不二と手塚を結び付けてくれたもの。
 白い息が宙を舞う。手塚と過ごす冬は、どんなものになるだろうか。
「――テニス、やらない?」
「いいとも」
 手塚の口の端が緩んだような気がした。やはり、テニスが好きなのだ。二人とも。
「越前の寺のコート借りる? 越前にも会いたいし」
「越前か……」
 小さくて生意気なその後輩が手塚の恋敵にはならないことは手塚も知っている。不二が喋ったのだ。――越前は跡部にぞっこんだよ、と。
「加藤君のところのテニスクラブでもいいんだけど」
「俺達は会員ではないだろう」
「――いずれ会員にしてもらおうよ。加藤君のお父さんがコーチをしてるんだから」
「金が要るだろう。まさか、俺達まで顔パスと言う訳には行かないからな」
「――まぁ、そうだね」
 ちょっと加藤――加藤勝郎のことを話題に出したかっただけなのだ。
「堀尾も水野もいい子だよね」
「青学の将来を担う若い芽だ」
「越前は?」
「――青学の柱だ」
 手塚は越前に期待をしている。手塚は中学を卒業したら、ドイツに行く気でいる。手塚は知らない。この後、とある運命の導きによって彼自身予想より早くドイツに渡ることになることを。そして、期を同じくして越前も渡米することを。
「何だか今年もいい年だったね」
「まだ新年まで日があるだろう」
「あっと言う間さ。君と出会ってから」
 ――笑顔で言いながら不二は思った。君のささやかな願い。僕の願いでもあるよ。来年も再来年も、ずっと未来も人生の歩みを共にして行こう。



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