02.I'm ready when you are. 主京


三月。真神学園卒業式。黒板に書かれたメッセージとも落書きとも判別のつかないものを眺めていると、後ろから声が掛けられた。
「よっ!どうしたよ、ひーちゃん」
「……いや。本当に卒業するんだな、と」
京一はオレの言葉に頷いて、卒業式だというのに手放さない紫紺の太刀袋を担ぎ直す。
「いろいろあったけどよ、とりあえず無事に卒業出来たってことで」
「ああ」
新宿に来たのは一年前、あの時はこんなことに巻き込まれるなんて思ってもみなかった。大地のエネルギーを示す龍脈、その龍脈の力を具現化している黄龍、黄龍を受け入れる器である自分。正月に暴走した黄龍と戦って以降、バケモノたちが東京に現れたことはない。
「そういや、お前、式の後はどーすんだ?」
「どうするって……別に約束とか無いし養親が来てるわけじゃないしなあ」
いつものように京一と帰るつもりでいたから、わざわざ予定を尋ねられたことに驚いてそう返すと今度は京一が変な顔をした。困った、というよりはどうしよう、弱った、というような。
「京一?」
「本当にその、誰かと約束とか、してねえのかよ。女子とかよォ」
京一にしては珍しく粘っている。視線が泳ぎ気味の状態でそっぽを向いて拗ねられても可愛いだけだ。ついでなのでこっちから突っ込んでみることにする。
「してない。京一は剣道部の集まりか何かあるのか?」
集まりはあるだろう、体育会系の部活だ。だが集まりが仮にあっても京一は出ないだろうなという予測があった。男ばっかの集まりなんて嫌だ、という体裁を取って照れくさいとか恥ずかしいとかそういう本音は隠してしまうだろうが。
「何か聞かされたよーな気がすっけど、幽霊部長だったからな、出るつもりねェよ。あーゆーのは性に合わねェ」
「うん。じゃ、いつもと同じだな。一緒に帰ろうぜ」
「……お、おう!」
本人は普段通りのつもりなんだろう。少し上擦った声で返事をした後、京一は見るからに罰の悪そうな顔で尚のこと唇を尖らせた。突き出された唇にキスをしたい気分になったけど、アン子たちが式だと呼びに来て、そのまま体育館へ向かった。


式が終わって先生から卒業証書とちょっとしたお言葉ってやつをもらい、晴れて卒業、解散になった。インスタントカメラで写真を取り合ったり卒業アルバムへ寄せ書きしあったりしている女子の間をさっと抜けて、校庭へ出る。片手には卒業証書の入った筒。
「卒業かー。実感ねーなー」
「実感ならあるんじゃないのか?これからはもう補習も宿題もテストも無いんだから」
「そういやそうかッ!これで俺は自由だ!」
「で、自由になった京一クン」
グランドの脇道から、体育館裏の空き地へ出た。京一が気に入っている桜の木はまだつぼみだ。
「なんだよ、卒業式で体育館裏ってオマエ」
お礼参りか告白かしかねーぞ、と京一がからかうのでずいっと顔を近づけて体育館の外壁に京一を追いやる。
「な、なんだよ、ひーちゃん」
「朝から態度おかしかったよな、オレに女の子と約束してねーのかとか聞いて。一緒に帰ろうって言ったら複雑そうな顔して。オレが誰と一番一緒にいたいのか、お前だけは分かってるだろ?」
顔を近づけて、目線を無理やり捉えてそう言うと、京一は見るからに顔を赤くした。かーっと頬といわず耳といわず首さえ赤く染めて、唇を尖らせる。拗ねたときの癖だ。
「……お礼参りか告白しかないんなら、告は…んぐ」
気持ちを告げたことは何度もあるが、シチュエーションもおあつらえ向きだしご要望らしいのでまた言おうとしたら強引に掌で口と鼻をまとめて塞がれる。剣を握る掌は大きく硬い。
「黙ってろッ」
黙るしかないというか、口を塞がれてるので喋れない。
「しばらく黙ってろよ、いいなッ」
オレを黙らせるってことは自分が喋る気があるってことだから、そのまま頷くと京一は手を外してまたそっぽを向く。気恥ずかしいのか照れくさいのか、頬を指でかいた。
「あの、よ。俺、来週中国に行く。来週っての言ったのは初めてだから、知ってるのはひーちゃんだけだ」
下手に口を挟むと照れ怒りで話が逸れそうだったので、もう一度頷く。
「どれくらいかかるかは分かんねえ。……ひーちゃん、お前は東京に残れ」
「……!」
「この街は俺たちが守った街だ、この街にもここにいるヤツらにもお前は必要だから」
最後の言葉に、脳が煮えたように熱くなった。
「ひーちゃ…痛ッ」
気がついたら京一の両肩を掴んで、体育館の外壁に押し付けていた。
「ふざけるな!もう全部終わったから、お前にオレは必要無いってそういうことかよ!」
この街とここにいるたくさんの人たち、この街を共に守った仲間たち。その全てがオレを必要としてくれているとしても、目の前で茶色がかった目を見開いている、こいつがオレを必要としないのなら。
自分の意識とは別に、氣が密度を上げて高まっていく。
「京一、好きだ」
掴んでいる肩が揺れる。俯いた京一の前髪も揺れた。
「お前にとってオレが必要無いって言うんなら、はっきり言え。……他に」
氣とともに感情が高ぶっていたらしく、みっともないほどに声が震えた。驚いたのか京一が顔を上げて呆然としている。
「他に、オレに望みがあれば全部言ってくれ」
この街を守れとお前が言うのなら。それがもうオレを必要としない声であろうと、お前の言うことを違えたりしない。 オレは優しいわけでもないし、全ての人の望みや願いを受け入れきれるほど器のでかい男でもない。けれど、京一が望むのならそれは別だ。
「……泣くなよ」
掴んだままだった肩が動いて、京一の手が顔に伸びる。頬を撫でた手が涙を広げたのか、さっと頬が冷たくなった。
「そんな顔すんな、ひーちゃん。決心が鈍っちまうだろ」
どんな顔か分からないが、とりあえずみっともない顔をしていることだけは分かった。京一はそんなみっともない顔を何度も硬い掌で撫でる。
「あれからバケモンが出たってのは聞かねえが、またいつ出てもおかしくねえ。お前を頼りにしてるヤツらは山ほどいる」
そんなのお前も一緒だろう、と思ったがとりあえず押し黙った。
「俺の修行なんてのはアテがあるわけじゃない、中国に行くことは決めてるがそれから先は白紙だ、いつまでかかるかわからねえ。どうなるかも、わからねえよ。だからな、龍麻」
京一はすうっと息を吸い込んで、じっとオレを見据える。
「お前を巻き込んじゃいけねーんじゃねーかって思ったんだ。……お前を誘ったことは覚えてる、あの時のことは全部。お前が一緒に行くって言ってくれたのは嬉しかったけどよ、あれからずっと考えてたんだ。それがひーちゃんのためになるのか、それでひーちゃんは本当にいいのかって」
「……本当にそれでいい、と言ったら?」
ひた、と見据えてくる京一の目線を捕らえて睨みつけた。逃すものか。
「本当にいいのかよ、進路とか決めてんじゃねーのか」
「あの雨の日からオレの意思は変わってない。……気持ちも、変わってない」
顔に伸びていた腕が力なく下がっていく。京一の肩を掴んでいた手を離して、両手を握った。
「やっぱ止めとか無しだぞ」
「それはこっちのセリフだ」
「本当に、いいんだな?」
「お前こそ覚悟決めろよ」
京一はぐっと息を詰めるように黙る。
「俺は準備出来てる、明日だって今からだってかまやしない」
このままエクスプレスに乗って成田へ行くって言われても構わない。
「……龍麻。俺と一緒に中国、行かねぇか」
「お前となら、どこへでも」
まるで駆け落ちだな、と思いながら京一の手を引き寄せる。合わせた唇は、ほんの少し、しょっぱかった。

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