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【お礼SS・マイソロ2設定アシュルク(無題)】




 今夜もか、とアッシュは眉間にシワを寄せた。
「…、…っ、……」
 ああもう、とか。ちくしょう、とか。
 言いかけては飲み込み、息をついて、また取り組む。毎晩のことながら、一向に上達する気配がないのはどういうことだ。本人に向上心がないわけでもなく、むしろかなり真剣に取り組んでいる様子なのだが。
(剣を振るう時はあんなに軽々と技を放ってやがるくせに)
 どうしてこんな単純な日常動作に毎晩四苦八苦するのだろう。
(多少剣を使えたところで、所詮温室育ちのお坊ちゃまか)
 はっ、と鼻で笑ってやろうとして、ふと気付く。
 産まれて来る順番が違っただけで、自分が彼になっていたかもしれないのだ。
「………チッ」
「あ、わりィ! すぐ灯かり消すから」
 このタイミングで舌打ちなどしたら、実際誤解されるのは仕方ない。そのことにも舌打ちをしたくなるアッシュだが、その代わりにのそりと寝台の上に起き上がった。ベッドサイドのライトを消そうとしていたルークの手を乱暴に払い除け、小さくなった灯を元に戻す。
「消すな。手元が見えなくなったら余計手間取るだろうが」
「う…」
「ったく…。とっととあの世話係のところに泣き付いたらどうだ」
「ガ、ガイの手なんか借りなくたって、このくらい自分で」
「出来てねぇじゃねえか」
 ぐっ、と詰まってしまうルーク。
 溜息をついて、惨状を見遣る。彼は寝間着のズボンはさすがにスムーズに穿けるものの、上着のボタンがかけられない。今日は二つとめるのに既に十分もかかっている。しかも、見れば左右段違いになってしまっており、これをやり直すとなれば振り出しに戻るどころか外す手間までプラスされる。そうやって手間がかかればかかる分、睡眠時間が減ってゆく。時間の無駄以外の何物でもない。
「こっちがイライラさせられるんだよ。出来ねぇモンを無理にやろうとするより、いつも通りにしてりゃいいんだ」
「…だけど、オレは…」
「そもそもオレはお前と相部屋になんかなりたくなかったんだよ」
 ぎく、とルークの肩が震える。こうやって、いちいちビクビクするところがまた癇に障る。本人もそれは分かっているようだが、反射的なものはどうにもならないらしい。
 悪循環と分かっていながら、どうして自分との相部屋にこだわるのか。
「毎晩イラつかされるこっちの身にもなれ。…ガイと代わってくる。大人しくしてろ」
「いいよ、やめろってば! わかった、すぐ寝る、灯かり消すから! おやすみ!!」
「バッ、なんでそう極端なんだこの屑が!!」
 さっさとライトを消して毛布を被ってしまうルーク。その拍子に、ベッドの上に(大変不恰好に)畳んであった服が跳ね飛んで、床に散乱してしまった。
「てめェ、そんな腹出して寝たら風邪ひくだろうが! 陰険メガネにネチネチ嫌味言われるのはオレなんだぞ!!」
「いっつも腹出してんだからヘーキだって!」
「そういう問題じゃねえ!! 起きろ!!」
 ブチッと後頭部の辺りで堪忍袋の緒が切れる音を聞いた気がした。強引に毛布を剥ぎ取り、歪んで留まったボタンを掴んで乱暴に上体を起こさせる。
「いたたた、痛ェ!」
「ぐにゃぐにゃすんじゃねえよ、だらしねえ! シャンとしやがれ」
 さっさと段違いになっているボタンを外し、襟を整えて、きちんとボタンを留め直していく。あっという間にきちんと寝間着を整えられ、ルークはくしゃっと顔を歪めた。
「…悪ィ」
 自分はこんな簡単なことも出来ないのか、と凹んでしまったらしい。アッシュにしてみれば今更何をといった心境だが。
 溜息をついてルークのベッドから降り、床に散乱した服を拾って簡単に畳み、ベッドサイドの小さなチェストに乗せた。
「てめェまさか、屋敷に帰っても自分のことは自分で出来るように、とか思ってるんじゃねえだろうな」
「えっ、なんでわかるんだ?」
「………」
 ぱっと上がった顔は、きょとんと素直に驚いている。
(何なんだ、この仔犬みてぇな生き物は)
 公爵子息にしてはあまりにも素直…いや、無防備すぎやしないか。いずれ国政に携わる者がこんな調子でいいのか、ファブレ家の教育方針はこれでいいのか、グランマニエの王はこのルークを一体どうするつもりなのだ。
 色々なことがぐるりと頭を一周したが、軽く左右に振って払う。
「いざという時に自分で出来るようにしとくのは構わねえ。だがな、普段から自分でやろうとするな」
「なっ、なんでだよ! オレだって…」
「ファブレ家にはメイドや執事、お前の世話を仕事にしてる連中がいるだろう。お前が一人であれこれやっちまったら、人手が要らなくなって何人か解雇されるかもしれねえんだぞ。そいつが次の職にありつけなければ路頭に迷わせることになる。それでもいいのか」
「………っ」
 屋敷の者達を思い出しているのか、今度は辛そうに眉をハの字にして、それから、また唇を引き結んで俯いた。
「……オレ、結局…一人じゃなんにもできないお飾りのままかよ……」
 ぎゅっと両手が握り締められ、肩が震える。
「―――――…」
 そんなルークの様子に、苛立ちは感じなかった。
 僅かに、ほんの僅かな涌き水のように生まれたのは、今までに感じたことのない、暖かな感情。
(…同情だ。生まれた順番が入れ替わっていれば、今頃オレがこうしていたかもしれねえ)
 ただ、憐れんだだけだ。主人に叱られた忠犬のようなその様子が、少し可哀相だと思ってしまっただけ。
 そうでなければならない。
「いざという時に自分で出来るようにしとくのは構わねえって言っただろうが。…ガイに頼むのがカッコつかねえってんなら仕方ねえ、明日からはオレが教えてやる」
「……、えっ!?」
 途端に、目を真ん丸く見開いて顔を上げる。
 だから、こういうところが苛つくんだというのに。
「懐くな、屑!! いいか、これ以上安眠妨害されるのがかなわねえだけだ! わかったらとっとと寝ちまえ!!」
「わっっ」
 ばふっと乱暴にルークの頭から毛布を被せるアッシュ。ルークの顔が隠れて視線が途切れた途端、さっさと自分のベッドに戻って、彼に背中を向けて横になった。
「…アッシュ」
 背中に声を掛けられても、ぴくりとも動いてやらない。それをどう受け取ったのか、ルークはほっとして微笑んだ。
「ありがとな」
「………」
 ライトを消し、おやすみ、と小さく告げて、ごそごそと枕の位置を直し、横になるルーク。
(………………くそっ)
 苛つく。だが、この苛立ちは、会ったばかりの頃とは明らかに質が違う。
 分かってはいるが認めたくはなくて、アッシュは前髪を後ろへ撫でつけた。けれど、入浴してさらさらに洗った髪は固定されずにするりと落ちてきて、そうしていると本当にルークにそっくりですねぇ、とからかうネクロマンサーの声まで耳に蘇ってくる。
 明朝鏡を見るのが憂鬱になりそうだと、眉間にシワを刻む。だが、後ろから聞こえる気持ち良さそうなルークの寝息に誘われたのか、たちまちアッシュも眠りに落ちてしまった。


END


ゲストルームがあるならベッドルームもあると思うんだバンエルティア号…!
(ていうか、さすがにゲストルームに男女混合のまま雑魚寝ってこたないだろう)




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