※男主の名前はセンカで固定しています。

 いつまで経っても慣れやしないってのは、それくらい俺が怖いって事か?

愛猫懐柔計画(猫耳カフェパロ)

 自分で言うのも何だが、自分はそれ程人相が悪い部類でも、見るに耐えない不細工でもないと若干、自惚れとも取られかねない不遜な事をうっかり思ったリンドウは、衝撃と意外にも傷ついてしまった思いを胸に、目の前でもう何回目かになる逢瀬を重ねながらも一向に心を開いてくれない猫…正確にはねこみみの少年を眺めた。
 壁にめりこまんばかりに部屋の隅の定位置へ後退させた小さな体を丸めながら、光を滑らせて煌めく銀髪の中からぴょこりと飛び出た真っ白な耳をぴるぴる震えさせて、あまつさえ大きな白藍の瞳に薄く水の膜まで張っているような様は世辞にも歓迎されているようには思えない上に猫カフェの猫スタッフとしてどうなのかと疑問に思ってしまわないでもないが、これが彼の通常営業だというのだから仕方がない。猫にも性格というものがある。人同士でさえ馬が合わぬ者があるのだから、人と猫であるなら尚更の事だろう。無闇に怒るのは角が違うというものだ。
 しかし、繰り返すようだが、これはもう何回目かの逢瀬である。顔も馴染めば勝手も知る頃の筈だというのに、これは一体どうした事か。仲間内では気が長い方だと自負するリンドウとて、そろそろ慣れて、あちらから寄ってきてほしいと思わぬでもない。
 かといって、無理強いは無論、逆効果。
 今日もリンドウの、恋に溺れていながらも決して悪くはならない頭は、ここ最近、寝ても覚めても忘れられない隅っこの愛猫をおびき出す為だけに必死に巡っている。
「おーい、センカ。そんなに怯えてくれるなよ。俺の事、覚えてるだろ?」
 忘れている筈がない。何せ、昨日来たばかりだ。
「そろそろ慣れてくれると嬉しいんだがなぁ」
 ちらり。眉尻をわざとらしく下げてみせつつ盗み見る愛しの愛猫はぷるぷる震えて動かぬまま。――――効果がない。まあ、いつもの事だが。これしきの事ですり寄って来るようなら自分も苦労などしていない。心中で意味もなくふんぞり返ってみるも、鼓舞した筈の胸には虚しく寒風が吹き込むばかり。吐く溜息は最近、なかなかに重さを増してきている。そろそろ鉛の重さを越えてしまいそうだ。
 とりあえず、手にした猫用のおやつをぷらぷらさせて、彼は今日も途方に暮れた。
「……本当に、どうやったら慣れてくれるんだ?」
 ぷるぷるぷる。ぺたり。耳はぴったり煌めく銀髪に貼り付いて。
「今までだって一緒におやつ食ったりしただろ」
 ぷるぷるぷる。うきゅ。見事に股の間に挟まった真白の尻尾は膨らんで、綺麗だった筈の毛並みはぼわぼわ。
「その時だってお前をいじめたりしなかっただろ?」
 ぷるぷるぷる。じわっ。とどめのように揺れた湖面が今にもぽろりと真珠をこぼしそうで――――どう贔屓目に見ても怯えられているとしか思えない可愛そうな有様を正面から見てしまったリンドウはついにうなだれて肩を落とした。
 そんなに嫌か。改めて突きつけられると酷く胸が抉られる。
 此処まで入り浸っていて言うのも何だが、自分は決して猫好きではない。勿論、好きか嫌いかであれば、好きな部類ではあるものの、それは単なる一般的な動物好きの範疇に収まる程度のものである。いなければいなくて良し。いれば、まあ、可愛い。その程度。その自分が、日毎、わざわざ猫カフェに入り浸るなどどうして想像できただろうか。自分でさえ驚いているくらいだ。それも、このたった一匹の猫に会いたいが為だというのが更に滑稽さに拍車をかける。
 けれど、その笑える程の滑稽さをどうでもいいと思えるくらいには、この猫が愛しくてたまらないのだから、何とも救いようがない。
 初めは全く触れさせてもくれなかった銀色の猫。初めの印象といえば、毛色の違う見目のいい猫だと、そんな程度だ。大して強く思い入れを抱いたわけでもなく、さりとて気に止めなかった訳でもなく。ただ、少々おかしなものが視界の片隅を掠めたから目に入れただけの、運命的でも電撃的でもない、平凡というにはあまりに衝撃のない出会いだった。ぱたりと会った。そんな表現がしっくり来る出会い方。だが、よくよく思い返せば、いつまで経っても慣れてくれない原因はその出会い方にあるのだろう。
 全く、震える猫に対してあんな態度を取ったその時の自分の後頭部を力一杯叩いてやりたい。
 本当にどうしてあんな顔をしてしまったのか、おやつ欲しさに目を輝かせて寄ってくる他の猫とは別に、彼だけは敵の出方を見る目でこちらを見ながら部屋の隅っこでぷるぷる震えていたものだから、その時の自分はあまりの珍しさに思わず目を細めて訝ったのである。目を細め、眉間に皺を刻み…傍目にはさぞかし恐ろしい目つきになっていた事だろう。言い訳を重ねるなら、彼が丸まる部屋の隅が目を凝らしたくなる程薄暗かったせいもあるが、どちらにせよ、その目つきが睨んでいたと取られても致し方ないものであったのは想像に難くない。
 気弱な猫の身にしてみればたまったものではなかっただろう。ぎろりと睨まれ。だというのにおやつを差し出され。その後は来る度に構われて。――――自分とて同じ事をされれば警戒する。するが、しかし。
「そろそろ敵意がないのを信用してくれ…頼むから」
 寒風が吹き荒ぶ街を急ぎ、やってきて、温もりの欠片も得られぬまま、また枯れ葉の嵐の中を帰っていく事程寂しい事もなかろう。
 冷えた手を暖めてくれとまでは言わないから、せめて、この手からおやつを食べてくれるくらいはしてくれないか。
 思った、その時だ。

 ちょ、ん。

 手の甲に、暖かな何かが、触れた。――――指だ、と気づいたのは数瞬後。
「……え…」
 視界に映る見慣れない、けれど、焦がれた白い指が、無骨な自分の手に触れている。細くて、柔らかくて、しなやかな、暖かい、指、だ。薄桃の小さな爪がちょこちょこちょこりと並んでいるのが可愛らしい。遠くにある筈のこの手が、どうして触れているのだろう。
 ゆるりと顔を上げれば、初めて見る距離で大きな白藍の瞳が瞬いていて、リンドウの思考は刹那、認識を放棄した。
 緩く見開いた麹塵に映る銀色が長い睫を伏せている様が、許しを与える聖女のようだ。
「…すみ、ま、せん……僕を、見てくれるような方は、今までいなかったので…不思議で……だから、近づいたら、何か…痛い事をされるのかと……すみません…」
 ぱくり、ぱくりと、唇が空気を幾度も吐き出しては小さな声音が拙い懺悔を伝えてくる。その声すら、初めて聞いた。彼を慕っているらしい子猫が自分が彼を虐めているのだと勘違いして襲いかかってきた時でさえ、子猫にしがみついて首を振るだけで悲鳴一つ上げなかったというのに。
 怯えながら、それでもただただ一生懸命に紡ごうと喘ぐ吐息が、嗚呼、やっぱり愛しい。
「…初めに怖がらせたのは俺だ。悪かったな」
 今なら、逃げないでいてくれるだろうか。おもむろに持ち上げた手が、そっと、甘い菓子のような柔らかな頬に触れ、触れてから、指に滲んだ温度の差にリンドウはとっさに我に帰った。――――手が、冷たいままだ。まずい。冷えた手で触れられるのは猫には辛かろう。
 首筋を撫でようと指を伸ばし、止まる。そのまま直ぐに引こうとした手を、けれど、目一杯、強く瞼を閉じて頬をすり寄せてきた猫が引き留めた。
「お、おい…冷たいだろ、俺の手」
 辛くはない筈がない。他の猫も店に入ったばかりの客は遠巻きにするくらいだ。実際、彼の瞼も強く強く力を入れられて、唇がきつく引き結ばれている。
「やめとけ。傍に来てくれただけで俺は嬉しいから。な?」
 言えど、返るものは横の首振りと、うーうー唸りながら更に強くすり寄ってくる暖かな体温で。
「だめ、です…一生懸命、あっためます」
 骨ばった片手を小さな両手包み、もう片手を華奢な肩と柔らかな頬で挟んですり寄り、とどめにこんな事を言われたら、さしものリンドウも返す言葉など見つけられる筈がない。
 気を惹くばかりか、惹かれてしまったのは結局、自分の方か。
 百戦錬磨も無垢を前にはあてにはならぬと密かに笑った男は、現金にも今度は冷えた身体も暖めて欲しいものだと思いながら、手のひらに触れる愛しい温もりにそっと微笑んだ。



「うーん。そろそろあの子も嫁入りかなぁ…」
「むがー!!センカをいじめる、ゆるさないぞー!」
「はいはい。シオ、あれは虐めてるんじゃないからね。そっとしておいてあげようね」


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にゃんこカフェでリン主ですが…うむ。正確にはリーマンリンドウさん×猫耳っ子新型ですね!
ポイントはびくびくしまくる新型に正直お手上げで途方にくれちゃうリンドウさんです よ ! 当然の不憫ポイント!(オイ)あと、個人的に冷え冷えのリンドウさんの手をうーうー言いながら暖めようとする新型が書きたかったんです。はい。
ちなみに、いつもは此処に至る前にシオさんがリンドウさんに噛み付いて新型を守るか、博士がさりげなく何がしかの手を打つかというオチになっている感じです。きっと。



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