お人好しと酔っ払い



「てめェの『船長大事』は知ってるよ」

 今夜、何杯目かの酒をあおりながら言えば、『船長大事』のクソ剣士がわずかに眉をしかめた。

「けど、何も伽までしてるってわけじゃねェんだろ? だったらさ、」
「……『俺と、セックスしてみねェか』」

 棒読みのセリフは、もう何度も俺が繰り返し言った言葉。
 それをそのまま口にしただけなのは判っているが、こいつの声で聞くと、何だか誘われているような気になる。
 酔うたびに同じことを言う俺を、こいつはもうまともに取り合う気もないようだ。
 だったらふたりきりにならなきゃいいと思うのに、酒と肴に毎回のようにあっさりと釣られてくる。
 おバカすぎて、愛しいぜ、まったく。
 俺は手を伸ばし、奴の手に触れる。
 ぴく、と小さく震えるそれは、けれど俺の手を無理に振り払いはしない。
 こうやって、少しずつ色んなことに慣らされていく自分に、果たして気づいているのかどうか。

「いーじゃん、なァ、マリモ――減るもんでもねェしさ。ラブコック様のテクで、天国にイかせてやっからさァ」
「次の島まで三日とかからねェって、ナミが言ってたろうが。ちったァ我慢しろ、アホ」

 そして、島で女を買えと、鈍感剣士は言う。
 俺は、へらっと笑ってやった。

「今、してェんだもん。なァ俺、巧いぜ? バージンでもちゃあんとイかせてやるし。怖くねェって」

 握り込んだ手の甲を、すりすりと撫で擦ってやる。
 溜め息をついて、諦めた様子で好きにさせるアホ剣士は、あくまで酔っ払いの戯言と軽く流しているつもりなのだろう。
 ホンット、こーゆーとこお人好しな。いくら酔っ払い相手だって、嫌ならブン殴りゃ済むことなのに。
 だから、俺みてェのが図に乗る。

 ぐいっと掴んだ手を引っ張り、指先にちゅっと音を立ててくちづける。
 さすがに驚いたのか、目を見開き、手を引き戻そうとする。
 それを押さえつけ、さらに今度はくちづけたところをぺろりと舐めてやった。

「っ……おい! てめェ、この酔っ払い……!」
「アレ? 感じちゃった?」
「アホか!!」

 ニヤ、と笑って言ってやれば、さすがに殴られた。
 痛いのに、顔を真っ赤にして怒ってる奴が何だか可愛くて、俺は声を立てて笑ってしまった。
 殴られて笑ってる俺を見て、お人好しの馬鹿剣士がほんの少しだが心配そうな顔をする。

「おい、てめェ、もう寝ろ。飲みすぎだ」
「やっさしーねェ〜マリモちゃんv」

 肩を貸してくれようとする奴に、全身の力を抜いてしなだれかかる。
 ついでに、偶然触れたふりで、首筋にキスをしてやった。
 一瞬、ぴくっと身を震わせて、けれどさほど気にしたふうもなく、俺を支えて男部屋へと向かう。
 さっきまで迫ってた相手に、ちっと無防備すぎんだろ。

 すぐに消えてしまう微かな痕を、奴の首にわざと残して。
 気づかれないように、本気を、酒の上での冗談にすり替える。

 俺がホントはいつもちっとも酔ってなんかないってことを、もしも知ったら。
 こいつは、どんな顔をすんのかね……?




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