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遊星パパと龍亞ママの昔話から始まる、龍亞とベテラン研究員の小話です。







 それはまだ、二人が夫婦ではなく恋人だった頃のお話。





「こんにちはー」
「ああ、いらっしゃい」

 研究室のメンバーの中でも長く勤務している職員が、龍亞に優しく声を掛ける。そして視線をちらっと移し、すまないねと苦笑しながらまた戻す。



「いつもと同じ感じだよ」
「うん、そうみたいだね」

 ちらりと見られた視線の先を見て、龍亞もまた苦笑する。
 二人の視線の先で浮かんでは消えるいくつもの画面を見るばかりの、龍亞の、白衣の恋人。他の者達は龍亞がやって来た事にすぐ気が付いたのに、肝心の彼、遊星はまったく気が付いていないのもいつも通り。今日も今日とて、鬼の仕事中毒(ワーカホリック)は健在のようだ。



「遊星、今日はご飯食べた?」
「ついさっき、いつものパックを吸っていたよ」
「そっか。じゃあ邪魔しない方がいいかな」
「いや、僕達もそろそろチーフに休んでほしいと思っていたからね。是非声を掛けてあげてほしい」


 そうでないと僕等も休みにくいし。

 ベテラン研究員の内心の言葉は聞こえずとも同じ事を考えていたのか、二人の会話が聞こえる場所で作業をしている者達はこっそりうんうんと頷いている。そして内心の声は聞こえてなかったけど、声を掛けてあげてと言われて龍亞の顔がパッと明るくなった。




「あのねあのね。さっき来る時コンビニでさ、美味しそうな新作肉まん見つけたんだ! だから遊星のヨーグルトと一緒に買ってみたんだ」
「それはいい。チーフときたら最近本当に10秒パックばっかりだったからね。こうして龍亞君が美味しいものを持ってきてくれて凄く助かってるよ」
「じゃあ遊星連れてっていい?」
「ああ勿論。あ、肉まん美味しかったら僕も買いたいから、後で感想教えてね」
「うん!」


 研究室にずっと籠っているとうっかり見なくなっていく満面の笑顔は、まさに太陽やひまわりの様に眩しくて温かい気持ちになる。男同士とはいえ、チーフがこの子を恋人にしてくれて良かったなぁと、遊星の元へ駆け寄って行く龍亞の後ろ姿を見ながらベテラン研究員はほのぼのとそう思うのだった。










 恋人時代、龍亞は遊星と一緒に食べる用として差し入れを買う事がよくあった。それはコンビニの新作スイーツだったり、新作ドリンクだったり、無ければ普通に遊星がよく食べてるヨーグルトだったり、研究所に売りに来ているパンを遊星の分まで買ったりと様々だった。

 別に何か買っていかないと会話がないとかそういうのではなく、ひとえに遊星が飲食を忘れて仕事に打ち込むものだから少しでも一緒に美味しいもの食べたいなー遊星と美味しいねーって言いたいなーあと頑張りすぎてるから休んでほしいなーというごくごく普通に思うであろう事情から来るものだった。




 別の日には、


「ゆーうーせぃ!」
「……ああ、龍亞。来ていたのか」
「ねーねー遊星、今時間ある? あるならおでん食べない?」
「おでん?」
「そう。ママがたくさん作りすぎちゃって、よかったら食べてもらいなさいって!」


 と言って、持って来ていたスーパーのビニール袋の中にある大きな保存容器を持ち上げ少し蓋を開けてみせた。だしのいい香りに、何日も職務放棄をしていた遊星の腹がぐぅと鳴る。というかその時は、研究室にいた殆どの者がおでんを食べたくなった。



「……大根と玉子はあるか」
「牛すじとちくわとー、ロールキャベツも入れてるよ!」
「分かった。じゃあここの作業が終わったらすぐに行くから、レンジで温めておいてくれ」
「うん! あ、ウインナーはオレが食べていい?」
「ああ」


 龍亞がレンジのある休憩室に行ったのを見送ると、ガタタタタタタッと文字だけでは何かが揺れているのかと勘違いしそうな音と共に、遊星は残っている作業へと没頭していった。ついでに言うと他の面々もいつも以上に、若干目を血走らせながらチーフの没頭モードへと付いて行った。これが終わったらおでんを食べるんだという、一種の死亡フラグ的な事を思いながら。






 ……結構な脱線をしたが、こんな感じで龍亞の親が作りすぎたものを持ってきて一緒に食べるという事も一度や二度ではなかった。成長期で胃がすぐ空になる龍亞は遊星と一緒に間食出来てとてもありがたかったし、遊星も研究室の人達にとっても、とてもありがたい余り物のお裾分けだった。



 で、今回もまた。




「ほら二人とも、お友達からたくさんいただいたのよ」
「うわー凄いいっぱい!」

 龍亞と龍可の母親が、友人から段ボールいっぱいのイチジクを貰って来た。そのまま生で食べるには多すぎて、母親がご近所に配ってもまだ多かった為、手作りのジャムを作った。いつもカレーを作る用のずん胴鍋で作られたイチジクのジャムは、苺等よりは強くなくとも周りに美味しそうな甘い匂いをふわふわと漂わせていた。


「あとはレモンを絞って……これでよしと」
「凄いや! こんなにいっぱいのジャム見た事無いよ!」
「これじゃ、ビンにも入り切らないわね」
「そうね……そうだ龍亞。遊星さんの所に持って行ったら?」
「遊星さすがにジャムだけ食べたりはしないと思うけど」
「ママもジャムだけで食べたりはしないわよ。そうじゃなくて遊星さんお仕事忙しいんでしょう? 疲れた時には甘いものって言うじゃない」
「そうね。龍亞よく遊星とヨーグルト食べてるんでしょ? ジャムとはいえ手作りだからあまり日持ちはしないけど、研究室の人達にも食べてもらったらどうかしら」
「そっか。じゃあ持ってってみる!」
「でもヨーグルトだけじゃ腹持ちが良くないわね……やっぱりジャムといえば食パンかしら」
「じゃあ、食パンも一緒に持っていくよ!」




 という訳で、龍亞は蓋付きの保存容器にたっぷりジャムを入れて、食パンと一緒に持っていく事にした。保存の為少し砂糖を多めに入れたとはいえ、市販の物と比べればずっと優しい、手作り特有の甘さのイチジクジャムは研究室の人達に大人気で、皆ヨーグルトに混ぜたり紅茶に入れてロシアンティーにしながらほっと一息吐いてくれた。


 ただ、肝心の遊星の消費があまり芳しくなかった。勿論まったく食べてないという訳ではないのだが、龍亞が来ない時は食パンをトーストする時間どころかジャムを塗る時間さえ惜しんで仕事に励んでしまう為、チーフはイチジクが嫌いなのか? それともジャムが嫌いなのか? と研究員達が余計な気がかりを抱えたりもしたらしい。



「すまないね。チーフもちゃんと美味しそうに食べてるみたいなんだけど……どうも一人では、中々ねぇ」
「遊星仕事熱心だもんね。でももっと食べてほしいよなーココアだけじゃとーぶん足りないし~」
「ただ、さすがにチーフもジャムを塗ったトーストを口に銜えては仕事出来ないからね。というかチーフみたいな没頭タイプは一番やらない方がいいと思うし」
「それ何か漫画で見た事ある! 走ってて角でぶつかる奴だよね?」
「そうそう。でもチーフなら無意識に避けちゃいそうな気もするけどね」
「確かにー!」


 とまぁベテラン研究員と相談してたつもりが脱線しちゃっていた龍亞だったが、



「んーでもやっぱり遊星にももっとジャム食べてほしいな~どうにか出来ないかな~」
「ジャムサンドでも作ってみたら?」
「ん?」
「ジャムサンド。それなら袋にも入れられるし、何より食パンをトーストしてジャムを挟むだけなんだから龍亞でも作れるでしょ?」
「お……おぉおおおぉお!!」
「……今やっと気付いたのね」


 目のキラキラを隠す事無く『それだ!』と顔に大きく書いてこっちを見てくる兄に、世話が焼けるわ、と龍可は色々な意味でため息を吐いた。








 こうして、龍亞はイチジクのジャムが無くなるまで遊星にジャムサンドを作って差し入れする事にした。

 一枚を曲げてサンドすると元に戻ってしまうので、六枚切りの食パン二枚にジャムを塗って合わせるタイプのサンドイッチを作った。家でトーストしたのを挟んだり、そのまま焼かずに挟んだり、休憩室にはオーブントースターもあったのでそこで作ったり、挟んだのを持って行ってから焼いてホットサンドもどきにしたりした。



「こんにちはー!」
「やあ、今日も来てくれたんだね」
「うん! あ、でもこの後友達と待ち合わせしてるから、すぐ行かないといけないんだ」
「そうかそうか。それは確かにすぐ行った方がいい。チーフの休憩を待ってたら約束なんて出来なくなっちゃうからね」
「おじちゃんも結構言うよね~オレもそう思うけど^^ じゃあ、これ遊星に」
「ああ、いつもありがとう。ちゃんとチーフに渡しておくよ」
「遊星ちゃんと食べてる? オレ遊星が食べてるの見た事無いんだけど」
「勿論。……チーフには言わない様にしてるんだけどね」
「うん?」

 ジャムサンドを受け取ったベテラン職員が少し身を屈ませて、ひそひそと楽しそうに小声で話す。



「チーフね、今まで君が持ってきてくれた差し入れの中で、このジャムサンドを一番嬉しそうに食べているんだよ」
「え、それ本当? いっつも同じ味なのに?」
「本当本当。やっぱり、恋人の手作り料理だからかな。勿論一緒に食べれたらそれが一番いいとは思うけど、君のジャムサンドを食べた日はいつもより空気が柔らかいんだ」



 ジャムを作ったのは君じゃなくても、ジャムサンドを作ってくれた君の事を想いながら食べてるから、特別美味しく感じるみたいだね。

 笑みを隠しきれないままそう話すベテラン職員に、



「そ、そうなの、かな?」

 遊星の作ってくれるご飯と比べれば簡素で簡単極まりないが、これも手作り料理になるという事に初めて気付いた龍亞の顔は苺よりも赤くなり、それを誤魔化す様に視線を彷徨わせるのだった。












 そしてそれから、何年経っただろうか。


「こんにちはー」
「おや? おやおや龍亞君。帰って来てたのかい?」
「うん、二時間程前に。お昼寝したら遊星がいなくて、メモにここって書いてたから来ちゃったんだ」
「そうかそうか。チーフは今先にシステムの全体チェック中だから、もう少し待ってあげて」


 月に一回、研究室ではプログラムに問題が無いか定期点検が行われる。点検自体は毎日のように行っているが、コンピューター上のプログラムの安全と耐久性を常に見張り時にリカバリーを施すのはとても重要な事なので、念には念を入れて月一回重要なプログラムをいつもより細部までチェックする様にしているのだ。

 この定期点検にはいつも在宅勤務で幽霊職員と化した遊星もちゃんと足を運ぶようにしている。今回は龍亞の帰国と重なった為、時差ボケ直しの為昼寝していた龍亞が起きる前に帰ろうとしていたのかもしれない。遊星が全体チェックに入ると下手に手伝わない方が早く済むので待機していた為、突然の奥さんの訪問にもすぐに対応出来た。


 余談だが、研究室内では一応『人物が特定出来る様な言い方で遊星を旦那、龍亞を奥さんと呼ばない』という暗黙のルールがある。
 ベテラン研究員を始めとした研究室の古株達は遊星と龍亞の関係をちゃんと知っているけれど、いや知っているからこそ、昔はいなかった若手を始め未だ龍亞の旦那が誰か(または遊星の妻が誰か)公表されていない世間に情報が漏れ出すのを防ぐ為にもそう呼ばない事にしている。




 だから遊星もまた龍亞と共に研究室に来る事は滅多にないし、もし来たとしてもあくまで『仲間』として接するのだ。




「遊星、まだ掛かりそうかな」
「うーんチェック自体はあと数分で終わると思うけど、その後もチーフにはここで見ていてもらわないといけないからね」
「そっか。じゃあ大丈夫だね」
「うん?」
「へへ、遊星がここに来てるって書いてたからさ、持ってきちゃった♪」



 そう言って龍亞が持っていた袋の口を広げて中身を見せてくる。中には家から持ってきたのだろう、食パンに苺のジャム、小さいカップのマーガリンに、とろけるチーズ一枚とたまねぎ入りのツナ缶一つ。そこから連想出来るものに、ああ、とベテラン研究員の瞳がより優しくなった。



「チーフのお気に入りだね」
「うん。おじちゃんが教えてくれたツナサンド、今でも向こうで時々作るんだよ」
「こっちでは作らないのかい? 娘さんも喜ぶんじゃないかな」
「こっちでは作った事無いなぁ。旦那がいつも美味しいご飯作ってくれるから……今度作ってみよっかな」
「きっと喜ぶと思うよ」
「そうだといいな。でも今は」



 頑張ってる遊星に、応援も込めて作ってくる!


 そう昔と変わらない、いや昔以上に綺麗で眩しい笑みを浮かべて休憩室へと向かう龍亞を見送りながら、




「……愛されてるなぁ」

 昔からずっと思い続けているその気持ちであり感想をしみじみと呟いて、そろそろ待機も解けるかなと自らのチーフの元へと戻るのだった。








 ベテラン研究員から龍亞が来ている事を聞いてうっかり遊星の表情が旦那になりかけるまで、あと一分。

 そして龍亞が無事苺のジャムサンドとチーズ付きツナサンドを完成させて、



「うまい」
「ホント? よかったー」

 そのサンドイッチを遊星と一緒に食べるまでも、あまり時間が掛からないと良いなと思う。


―END―
 『ベテラン研究員の一人称は僕だけど、先輩後輩問わず仕事中は私と言う(=つまりこのシリーズではほぼ龍亞にしか僕と言わない)』『休憩室には研究員達の昼食用にマヨネーズや七味など調味料は置いてる』というどうでも良い裏設定。

 それと龍亞は火と包丁を使わない料理なら作れる(のかもしれない)という結構重要な設定を入れてみました。包丁を使わないから、ジャムサンド(またはツナサンド)は耳が付いたままの本当に挟んだだけなデカサンドです。でも耳は焼いたらカリカリで美味しいし、何より耳があれば中身が落ちにくくなるので取らない方がいいのかもしれません。
 昔の遊星さんは毎日同じ味の10秒パックを吸ってたのでジャムサンドのジャムがいつも同じ味だとかそんな細かい事気にしません。しかも龍亞が作ったという他ではけして加味出来ない美味しさが混ざってるから、嬉しくて仕方なかったのです。ベテラン職員が話すまでイマイチ伝わって無かったみたいなので、ジャムが無くなれば次はツナサンドの作り方を教える等ベテラン研究員は結構二人の橋渡し的役割を担っているのかもしれません。

あと『遊星が休んでくれないと自分達も休めないから龍亞にはとっても協力的』設定はとっても大事な事なので二回といわずこれからもずっと出てくると思いますが、繰り返すギャグ的なお約束としてお付き合い頂けると嬉しいです。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!





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