【言葉にはできないけど「ありがとう」】





「ありがとう」

目の前の表情が、ふわりと和らぐ。
にこりと微笑んで、それは光さえ放ちそうなほど淡くて綺麗で、そして脆弱だった。
離れた温もりに、今まで手を繋いでいたことに気付いた。

待て

そう言いたかったのに、言葉が声にならなかった。
大きく口を開け、腹に力を込めるのに、声帯が震えない。
普段、意識せずとも意のままになる器官を、どのように意図的に操ればいいのかなんてわ
からなかった。
ただ、もどかしさと苛立ちが込み上げる。

離れていく手を取りたかった。
背を向けて立ち去ろうとする体を引き止めたかった。
どこか儚げに微笑んだ彼を、抱き締めたかった。

今、彼を離してはいけないのに

直感。
鳴り響くアラート。
視界さえも赤く染まってしまうほど、嫌な予感に襲われる。
焦れば焦るほどに自由の利かなくなる体。
突然、全てを理解した。

夢だ
とても、厭な夢

アラートは、鳴り止まない。
指一本動けない自分を取り残して、進んでいく世界。
大切なものが、目の前から消えていく。
見ていることしかできなかった。
最後にもう一度振り返った彼は、同じ言葉を繰り返した。

「ありがとう。一緒に居てくれて、ありがとう」





蔵馬っ!!

突如、自由を得た体が跳ね上がる。
上半身を起こすと、そこは見慣れた部屋だった。
目を閉じて、こめかみを押さえる。
夢にまだ、支配されているような感覚。
しっとりと汗ばむ体が気持ち悪かった。

「悪い夢でも見ましたか」

くすくすと、上から忍び笑いが降ってきた。
早くに起きていたのであろう蔵馬が、己の様子を見て笑っているのだ。
顔に添えた手はそのまま、チラリと見ると、さも楽しそうに笑う蔵馬が立っている。
脆弱さも儚さもないことに安堵する。

あれは、夢だ

そう、夢だと再確認した瞬間に湧き上がる切なさに、胸を掻き毟られた。
あんな思い、二度とごめんだ。
同時に、夢であったことに感謝する。
今、彼が目の前に居てくれることに感謝する。
その存在に、感謝する。
俺の、隣に居ることに感謝する。

未だ、忍び笑う蔵馬を抱き寄せた。
立っていた彼は、少しバランスを崩し、ベッドに片膝をつく。
体勢を保つ為に片手はベッドヘッドに、もう片方は、俺の肩に乗せられた。

「急にどうしたんですか」

声に、驚きの色はあるものの、非難の色は感じられなかった。
俺は答えずに、蔵馬の背中に腕を回し、更に抱き締めた。
細いからだ。
シャツを通して、筋肉の動きを感じる。
諦めた蔵馬が、ベッドの上に座り込む。
ぽんぽんと、まるで子どもを慰めるように俺の頭に手を置いた。
本当に、俺が怖い夢を見て怯えているとでも思ったんだろうか。
気が抜けて顔を上げると、「違ったんですか」とでも言いたそうな蔵馬の顔。
思わず笑ってしまう。

蔵馬は何も知らなくていい
あんな思いは俺一人で充分だ

俺に笑われたことに眉を顰める蔵馬。
立ち上がろうとするのを、力を込めて引き止める。

「いい加減にしてください」

放っておけば、そう文句を言いそうな唇をそっと塞いだ。

ありがとう

声に出すのはまだ少し恥ずかしいから、重ねた部分からこの思いが伝わりますように。
俺は心の中で、そう囁いた。





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お目覚め飛影さんでした。
一応テーマは『ありがとう』
一緒にいられるミラクルに、感謝してくださいねvってお話です。
私の中では、甘えてるけど、少し大人になった飛影さんのイメージなんですけどね。

それにしても・・・下のフォームはどうやったら左寄せに??
しばらく悪戦苦闘しましたが、諦めました(苦笑)
URLまでは持って来れたのに、メッセージフォームが移動してくれなかった↓


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