受難記念日 前編

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「なぁ、オレと付き合わねぇ?」
それは放課後の教室。残って日誌を書いている俺、海斗(かいと)に向かって親友が目を開けたまま寝言を言ったのだ。
「…死ね」
「なんだよ、親友に向かって死ねはねぇだろ」
そう言いながらも俺の親友、貴臣(たかおみ)は笑いながら肩を竦ませる。
その仕草のまぁ絵になること。貴臣は男から見ても格好いい。デカイ身長に甘いマスク。低く少し掠れた声。おまけにフェミニストで、女に惚れるなという方が無理な話だ。まぁフェミニストといっても実際は常に女を切らしたことのない無節操人間なんだけどな。
「で、なんだよ。なんか理由あんだろ?……あ。惚れたとか言うなよ」
「あー、ハイハイ。わかったよ。いやぁ、実はさオレ、男に告白されたわけよ」
貴臣の言葉に日誌に書いてた字が思いっきりズれる。
「マジデスカ」
「マジデスヨ」
呆然とする俺を見て貴臣は愉快そうに肩を揺らす。
「本当、面白いな。お前」
「うるさい。で、なんでそれが俺と付き合うことになるわけ」
俺の問いに貴臣が苦笑いを浮かべた。
貴臣が言うにはこうだ。
貴臣に告白したのは一つ下の後輩。共学であるにも関わらず、貴臣に惚れ付き合って欲しいと迫ったらしい。で、困りに困った時、その後輩に俺と付き合ってるのか聞かれ、貴臣は苦し紛れにうん。と頷いてしまったとか。
「ふざけんなよ。俺を使うな」
「まぁまぁ。いいじゃねぇか。……で、まぁここからが肝心よ。その後輩に頷いたものは仕方がない。別に本気で付き合えとか言わねぇからよ、振りだけでいいんだよ。振りだけで。そいつが諦めるまででいいからさ」
お願い!と親友に頭を下げられ、俺の心がぐらぐらと揺れる。
「……じゃあ半年間、俺に昼飯奢れ」
俺の言葉に貴臣は顔を上げるとパァッと笑顔を咲かせた。
「ありがと!海斗!流石俺のハニーだー!!」
「だぁぁ!誰がハニーだバカ野郎!!」
飛び切り甘い笑顔で机を挟んで向かいに座る俺の体を抱きしめる親友に俺は顔面パンチをお見舞いしてやった。ここに女達がそのあとリンチになるのは俺の方だが、いない方が悪いんだ。



そんな訳で俺は親友と付き合うことになった。
まぁ、正確に言うと振りだけどな。だけど、流石フェミニスト。
振りだけなはずなのに貴臣はさりげなく俺を気遣ってくれる。
「海斗、鞄持つよ。荷物多いだろ?」
そう言って本当にさりげなく俺の鞄を持ってくれるし。
「海斗、帰りにこの間出来たアイス屋行かないか?お前好きだろ?」
甘いものが苦手で貴臣の帰る方向とは逆なのに行ってくれたし。
「ったく…海斗はそそっかしいな」
俺がこけそうになると素早く支えてくれ、尚且つ必ず車道側を歩いてくれる。

「なんかお前がモテる理由がわかったぜ…」
睨みながら言うと貴臣は驚いた顔をしてからクスっと笑う。
「オレに惚れるなよ?」
くそーっ!そう言って笑うこいつの絵になること!本当、存在がムカツクぜ。
俺はぶつぶつと文句を言いながら下駄箱で靴を履いていた。付き合いはじめてから俺たちはいつも一緒に帰っている。といっても俺は電車で貴臣は徒歩だからすぐ近くの駅までなんだけどな。
「そういえば…」
校門を潜った頃、貴臣がふと思い出したように俺を見下ろす。
「なんだよ」
「いや、そういえばさ。俺、お前の家行ったことないんだよね。今日行ってもいい?」
俺はその言葉にギクっと肩を揺らした。
「い、い、いや。今日はちょっと…」
「じゃあ明日は?」
「い、いや明日も……あ、悪い!俺用事あるから!!」
俺は言い切ると一目散に逃げ出した。本当は用事なんてない。だけど、どうしてもうちの家のことには触れて欲しくなかった。俺には人には言えない事情があるんだ!
俺は後ろから呼び止める貴臣の声が聞こえたけど聞こえない振りをして駅まで走って逃げたのだった。



それからというもの毎日貴臣が家に連れていってくれと言うようになった。用事があるとか部屋が汚いとか色々理由を言っても、じゃあ次の休みは?とか部屋は汚くても構わないとかそんなことを言うばかりで一向に諦めてくれない。
そして、とうとう・・・・

「ゲッ!お前ッ!」
俺が家へと続く道を曲がろうとした時、誰かに肩を叩かれた。
振り向くとそこにはにこやかに手を振る貴臣がいた。
「ついてきたのかよ!」
俺が問い詰めると貴臣はものすごい笑顔で
「うん」
と明るく頷く。
うわぁ、認めちゃったよ。この人……
「でさ、お前の家どれ?あ、あのマンションか?」
俺は呆れた顔をするも貴臣はどこ吹く風。勝手に俺の家を決めつけて歩いていく。まぁ、本当にそのマンションで当たってるんだけどよ。
「お前、帰れよ!」
俺は必死で貴臣を引きとめようと服を引っ張るもどうにも勝てず、俺はズルズルと逆に貴臣に引っ張られて確実に自分の家に近づいていっている。
「なんだよ、お前。見せちゃいけないものがあるのか?」
貴臣のふざけたようなその言葉に俺はギクっと肩を揺らした、その時だった。
「海斗?」
貴臣じゃない静かな声が俺の名前を呼ぶ。
聞きなれた、自分に少し似た声。
「海斗?どうしたの?」
顔を上げると俺と同じ顔をした俺の双子の兄貴、空斗(くうと)がマンションのエントランスに立っていた。有名私立高校の制服姿でどうやら帰宅する時間が被ってしまったらしい。
「へぇ……」
貴臣が俺と空斗を見比べて楽しそうに鼻を鳴らす。
「なんだよ」
俺は軽く睨みつけたものの貴臣は何処吹く風で空斗を見つめている。そして空斗も貴臣を見つめ、にっこりと微笑んだ。
「お友達?初めまして、海斗の兄の空斗と言います」
完璧なまでの挨拶。だけど、貴臣は何も言わずにただ空斗を見つめたままで、やがて空斗が、じゃあ先に上がるからね。というまで空斗を見つめ続けていた。
「貴臣…もしかして空のこと知ってるの?」
貴臣の空斗を見る視線は尋常じゃなかった。こんなに誰かを熱心に見つめる貴臣なんて見たことがなかった。
「……いや、…知らねぇ」
歯切れの悪い返事を返しながら未だに空斗の消えた方を見つめ続ける貴臣に俺はすごく嫌な予感がした。



「お前双子だったんだな、しかも一卵性だろ?」
「……」
「それにしても中身は似てねぇな。お前はこの県一の馬鹿学校で兄貴はこの県一の超進学校」
「……」
「おまけに弟は人見知りの激しい狂犬で兄貴は笑顔を振りまくプリンス」
楽しげにさっきから言う貴臣に俺は思いっきりコーラの缶を投げつける。
「うるさい!だから連れてきたくなかったんだよ!」
俺と兄貴は何処も似てない。兄貴…空は昔から出来が良くて、俺は出来が悪かった。いつも比べられて「どうして海クンには出来ないのかしらねぇ」なんて笑われた。
見た目だって似ちゃいない。サラサラの黒髪に少し釣りあがった切れ長の目。いつも笑みを称えて綺麗に笑うのが空。ぱさぱさの染めた茶髪にただ吊り上がったどんぐり見たいな目。いつも人を睨みつけているのが俺。
でも本当は俺だって負けたくなくて努力したけれど、空には敵わなかった。友達も親も好きな子もいつも空ばかりを選ぶ。俺たちは双子だったけれど、でも他人だった。
「ふーん……なるほどねぇ」
俺の言葉に貴臣は楽しそうにニヤニヤと笑う。
「なんだよ…」
「いや、別に。…おーっと、お前のことつけててずっとトイレ我慢してたんだよ。何処だ?トイレ」
「……部屋を出て右行ったとこ」
俺は呆れながらしっしっと貴臣を追い払うとベッドへと突っ伏した。
本当は誰にも空のことを知ってほしくなかった。空を知ればみんな空を選ぶ。折角空の行かない、空のことを知らない学校を選んだというのに。
「まさかこんなことになるなんてな・・・・」
いつか貴臣には言わきゃいけないとは思っていたが。
「はっ!?……どうしよ、もし貴臣が俺より空を選らんだら…」
そしたら俺はまた一人ぼっちだ。折角親友と呼べる友達が出来たのに。
俺がうんうん唸りながら考えていると、そこに貴臣が戻ってきた。ふんふん鼻歌なんて、人の気も知れずに上機嫌な!
「くそっ、お前トイレ長すぎなんだよ!」
ふと時計を見たらトイレに行ってから10分以上経っている。
「はぁ?なんだそれ。男には男の事情があるだろう!」
くだらないことを偉そうに言い放つ貴臣に俺は大きな溜息を落とした。

貴臣を信じようと思った。
だって俺の親友なんだもんな。

だけど、俺のそんな希望はあっという間に打ち砕かれた。



それは空のことがバレて2週間が経った頃。
家に帰ってみると見慣れた靴が2足転がっていた。ひとつは空の。指定靴でわかりやすいけど、もう1個は……
「よっ、遅かったな」
声に顔を上げるとそこに居たのは貴臣だった。
「なんでお前がうちに居るんだよ!」
「あぁ、……ちょっとな」
そう言って貴臣は苦笑いを浮かべる。
「貴臣――…クン。……おかえり」
そこに現れたのは空だった。部屋の前で立ち尽くす俺を見て、驚いた顔を一瞬だけ浮かべたもすぐににっこりと微笑む。その笑みの完璧なこと。完全に出来の悪い弟を優しく見守る兄貴の目線。同じ双子なのにこの違いようには本当惚れ惚れする。
「……なんだよ、貴臣。お前空と遊んでたのかよ」
「あー……まぁ、ね」
そう言って貴臣はすごく困った顔をして空を振り返る。
空も貴臣を見て、同じように微笑んだ。
なんだよくそ!俺が居ない間に2人ともすげぇ仲良くなってんじゃん!
だって空はさっき明らかに貴臣を呼び捨てにしてた。さっきは俺に気づいて貴臣君て呼んでたけど絶対あれはわざとだ。
「なんだよ、じゃあ海斗も一緒遊ぶか?」
「うっせぇ!誰が遊ぶかよ」
俺は貴臣が頭を撫でようとする手を振り払い部屋へと逃げる。
「なんだよ、あいつ…」
「仕方ないよ。ほら、貴臣。さっきの続きしよう?」
扉の向こうから2人の会話が聞こえて、部屋に戻っていくのがわかる。ほら、見ろ。やっぱりみんな、空を選ぶんだ。俺のことなんて結局捨てて、みんな空に夢中になる。それに空は俺と違って育ちがいいから絶対に人を呼び捨てになんかしないのに、いつの間にか貴臣のことは呼び捨てで呼んでた。
「くそっ!」
壁を思いっ切り叩いても、もうどうしようもない。





後編に続く








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