何気なくカレンダーを眺めていた俺は、あれ?と首を傾げた。 そういえばしばらくあの子の姿を見ていない。 午前中の診察が終わり看護師が休憩で出払ったのを見計らって、彼女のカルテを確認する。 そこには今から半年以上も前の日付が書いてあり、 そういえば冬の始まりに体調を崩したと言って来院したことを思い出した。 また扁桃腺腫らしたんか?と半ば呆れて診察してみれば案の定ビンゴで苦笑したものだ。 それから会ってないということか? あぁ、違う。 最後に会ったのは、クリスマスのあの日やった。 単なる偶然に単なる気まぐれが重なっただけやってんけどなぁ。 俺がリースの飾り付け用に用意してきた雪だるまのオーナメントをあげると、 今まで見た事ないくらい笑顔になって、「ありがとう、先生。」と、とても嬉しそうに言ったあの子の姿が脳裏に浮かぶ。 しかもあの時、お返しとばかりに無造作にポケットに突っ込まれた彼女の手作りクッキーはお世辞抜きにおいしくて、 こんなことならほんまにもっとちゃんとしたプレゼントをあげるべきやったなと、ひっそり後悔した。 今まではなんやかんやで半年以上も診察が空いたことはなかったのだけれど、あの子はいま大丈夫なのだろうか。 また扁桃腺を腫らしてはいないだろうか。 怪我はしていないだろうか。 いや・・ 「元気やっちゅう証拠か。」 ここは、本来なら来ない方がいい場所。 病院なのだから。 ふっと小さく溜息をついてカルテを棚に戻す。 ──その時 ガチャッ!バタンッ!とドアを開ける大きな音が響いた。 休憩中の看護師が戻って来たのかと、白衣のポケットに手を突っ込んだまま玄関に目をやると… 全力疾走でもしてきたのか、膝に手をついてハァハァと肩で息をしている制服姿の彼女の姿があった。 すごいタイミングやなぁと、先程カルテを仕舞ったばかりの棚を振り返ってからもう一度彼女に目を落とした。 ぼんやりと「あぁ、夏服の季節か・・」と思う。 彼女は俺に気付くと「浜中せんせっ、診察おねがいしますっ!」と頭を下げた。 「・・えーけど、いま昼休憩。」 「えぇっ!?」 彼女は受付前の壁時計を確認すると、途端に力が抜けたようにペタリとしゃがみ込んだ。 「ギリ間に合ったと思ったのに・・」 「残念。ギリアウトやったな。」 「うぅ・・」 あからさまに悲しそうに落ち込む彼女を見ていると、なぜだか口角が上がってしまう。 「午後また来れば?」 わざと突き離すように言えば、 「・・はぁい」 と拗ねたように、それでも素直にきちんと返事をしてからノロノロと立ち上がり背を向ける彼女。 肩を落としたまま去ろうとする姿に、思わずブフッと吹いてしまいそうになるのを必死に堪えた。 俺は患者イジメて何やってんねん。 「昼飯付き合ってくれるんやったら診たってもえぇで?」 「えっ!!?」 こちらが思わず「うぉ!?」と仰け反ってしまうくらいの勢いで振り向いた彼女は先程とは打って変わってめっちゃ笑顔で、 なんか目とかキラキラしてて、この俺がつられて微笑んでしまうほどやった。 「昼飯ってほんまに!?先生なに食べるんですか?あ、でもそれ交換条件になってないよ?大丈夫?」 「おまえ…どこが悪いねん、めっちゃ元気やないか」 「喉!今朝から喉が痛くて。」 「またか。」 相変わらず扁桃腺の弱い彼女を診察室に招き入れながら、 たぶんこういうのを公私混同って言うんやろな・・と自嘲気味に思った。 ─浜中医院─ (とりあえずこいつに何食べさせよかな。) |
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