ご来訪&拍手有り難うございます!
以下、お礼ミニ小説なのですが、
こちらは私の著書・ホワイトハート蛇々哩姫シリーズ
『暗く、深い、夜の泉。』(或いは一迅社文庫版『暗く、深い、夜の泉』)
を読んでいないと訳が分からない内容です。
(今回は作中に出てくる「タタリ姫」のお話)
まあ、おふざけというかお遊び、ということで、
それでも良いと言う方がいらっしゃいましたら……
異様に不慣れで読みにくい書式ですが(汗)ずずいっと下まで、どうぞ。


















※ 蛇々哩姫(人の生死を操る姫)のお話。





●幻視 1●





 薄暗い建物の影から、獣のにおいがした。

 近づくと、小さな生き物達がみゃあみゃあと鳴いている。
 後ろからのぞいた女中が、まあ、と嬉しそうに声を上げた。

「仔を産んだのですわね。かわいらしい」

「仔?」

「ええ、そうです。この親猫が」

 言いかけ、はっとしたように女中が黙る。
 おそるおそるわたしを見て、申し訳ありません、と囁くような声で言った。

「なにを謝るの。産む、とは何のこと?」

「いえ、あの……お、お許し下さい。私はただ、その、」

 顔色を変えて口をつぐんでしまう。
 わたしは途端に彼女に興味をなくして、視線を軒下の小さな生き物へと移した。

 横たわった生き物と、それにむらがる小さな獣。

 可愛らしいとはとても思えず、ただ、肌が泡立つような感覚だけがあった。







「何を考えておいでですか、姫」

 夜。しとねの中の優しい声に、わたしはそっとタツモリを見る。

「今日、獣の仔を見たわ」

「獣? ああ、軒下にいた、あの猫……」

「ねえタツモリ、石女とは、なに?」

 わたしの髪をすいていた手が止まる。
 タツモリは息を呑み、ついで、ひどく傷ついた顔をした。

「……そんな言葉をどこで」

「女中が言っていたの。わたしのことなのでしょう?」

「姫が知らずとも良いことです」

 そう言って、タツモリは再び口を閉ざす。
 これまでわたしの周りにはいなかった、誰より美しく、すべてを魅了せずにはおれぬ眼差し。
 わたしの顔をじっと見つめたタツモリは、やがて悲しげに微笑み、
 いつものようにわたしの身体を抱き寄せてくれた。

 これまでわたしに、こんなふうに接した者はいなかった。
 親しく声をかけ、近づこうとする者さえ、その瞳の奥に言いしれぬ恐れを浮かべていた。
 その輝きが、やがて追いつめられた命の見せる瀬戸際のそれに変わる瞬間こそが、わたしの喜びでもある。

 けれどわたしを見つめるタツモリの眼差しには、それがない。
 あるのはまるで、わたしを包み込むような柔らかで暖かな光だけ。
 それはわたしが知らなかった、やすらぎの色なのだ。

「タツモリはおかしいのね。そんなふうにわたしに話す者は、おまえの他にはいないのよ」

「そうですか」

「皆、わたしを恐ろしいという。わたしに死を望み、生を望み、最後には頭を垂れるのに、その下ではわたしを物の怪のように思っている。おまえはわたしが恐ろしくはないの?」

「はい。恐ろしゅうはありません」

「わたしがおまえの命の芽をつみ取っても?」

 タツモリは、また、いつもの柔らかな眼差しでわたしを見た。

「姫がそれを望むのなら」

「……ほんとうに?」

「ええ。ですが、それはあなたが私の命を奪う力を持つからではありません。
 私があなたに、命を奪われることを厭わぬからです」

 タツモリの言葉の意味を、わたしはいつも理解できない。
 まるで謎かけのようで、けれどどこか焦りのようなものを感じさせるから、無視できないのだ。

 わたしはものを考えることがあまり好きではない。
 でもタツモリの言うことなら、少しは考えてみてもよいのではないか、と思う。

「わたしが命を奪うことと、おまえが命を奪われることを厭わぬこと……」

 少し考え、やはりわたしはすぐにくたびれ、諦めてしまった。

「同じ事ではないの?」

「同じ事ではありません」

 タツモリの唇が私の額にふれる。
 頬と、それから唇に降りるぬくもりに、わたしは思わず目を閉じた。

「愛しい、私の姫君。どうか今の言葉の意味を、よくお考えくださいますよう……」



* * *


 タタリ姫の住む屋敷を出て、タツモリはまっすぐ森へと向かう。

 夜闇の中、ふわり、と浮かぶ松明の炎に気付いて、森の中に潜む複数の仲間達のもとへとたどり着いた。

「首尾はどうだ」

「…………」

「その様子では、上々らしいな。儂の読みはあながち違えてもおらなんだようだ。
 なるほど、おまえほど美しい男なら、
 あの人の世の理を知らぬよこしまな娘をもたぶらかせるだろう」

 険しい顔でそう告げた兄に、タツモリは跪いたまま、口を開く。

「……どうか、考え直してはいただけないでしょうか」

「なに?」

「あの姫は、決してよこしまな娘などではありません。倫理を知らぬだけなのです。
 誰もあの姫に、人の世のならわしを教えなかった。
 姫にとって人の命を奪うということは、罪ではなく、まるで息をすることと同義なのです」

「息をするように人を殺す娘が、よこしまではないか。
 それではあの娘に殺された村人達は、さぞや無念であろうな」

 タツモリは、唇を噛んで俯く。
 やがて兄を見上げると、再び絞り出すように言った。

「もうしばらく、ご猶予をいただきたいのです。
 私があの姫に人の命の尊さを教えることが出来れば……
 姫はもう、みずからの力を軽んじたりはしないでしょう」

 それでも、タツモリは気付いている。

 恐らく自分は、あの可哀想な姫を助けることは出来ないだろう、と。







※ 本編では「因子」としてしか出てこないタタリ姫のお話。
  タツモリとその兄は、後に呪いをかけられる術者の一族です。



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