また明日。







今日はデート。

彼との久しぶりのデート。



出張やら残業やらで忙しい彼が

時間を無理矢理空けてくれた今日というこの日。



ずっと前に買っておいたコートに袖を通し、お気に入りのブーツを履いて

彼が「いい匂いだね」って言ってくれた香水を首筋に薫らせた私は

準備万端で部屋を後にした。





朝早くに待ち合わせして、ランチを食べて、

何気ない会話をしながら手を繋いで歩く。

それだけで、会えずに辛かった日々の記憶が簡単に遠ざかってく。

私は彼と付き合えて、とっても幸せ。





だから…







「あ〜あ。もう夜になっちゃった。」





冬の太陽は意地悪で、あっという間に姿を消してしまう。

すっかり暗くなった空を見上げながら、ついつい溜息が口から漏れる。





「ほんとだ。もうこんな時間じゃん」





片方の手につけた腕時計を覗き込むように、綺麗な横顔が時間を確認する。

私はこの仕草が好き。…だけど嫌い。





「やべっ、そろそろ行かないと…」





ほらね、こういうに決まってる。

だから嫌い。

仕草は凄くカッコイイんだけどな。





「ごめんね。本当はもっと一緒にいたいんだけど…」





申し訳なさそうな顔。

さっきまでニコニコしてたのが、途端にしゅんとなる。

何だかこっちが悪いことしてるみたい。





「しょうがないよ。忙しいんだから。」





本当は「もっと一緒にいて」って

「まだ帰らないで」って言いたい。

だけど、疲れてるのに時間を空けてくれたことを思うと…言えない。





「今度はどこに行くの?」



「明日から名古屋だよ。今度は一週間。」



「名古屋かぁ…。」





会えないのは分かってる。

だけどせめて、せめて少しでも彼に近い場所にいたいのに。

私のそんな願いすら「仕事」という単語の前では

儚く散ってしまうんだ。





「まぁーたそんな顔するっ」



「えっ!?痛っ、ちょ…何す…っ」





私の両頬にひんやりとした彼の手が触れる。

そのままぐにっと抓られて、私の顔は見事に変形しちゃったはず。





「あはははっ変な顔〜っ」



「何笑って…も、離してよぉっ」



「だって顔がすっげぇカタチんなってる…あははっ」





その証拠と言わんばかりに

さっきのションボリした瞳はどこへやら、

ご機嫌な笑顔が目の前で咲き誇る。





「もぉっ!酷いっ、バカ!!」



「あははっ…ごめ」



「謝っても許さないよーだ!変な顔なんて普通言う?」



「嘘うそ!あれ嘘だって。そんなこと思ってないよ。」



「目が本気だったもん。」





こんな風にじゃれ合うのも、私達にとっては大事な時間。

ちょっとだけキツイ言葉が飛び交うこともあるけど、

その分彼はいっぱい好きって言ってくれるから、いつだって私は安心出来た。





「そんなに俺の目本気だった?」



「本気だった。目見れば考えてること分かるもん。」



「じゃぁ今も分かる?」



「え?……っ」





頬を抓られていた手に今度は優しく包まれて、

目を閉じると、唇に柔らかな魔法が降りてきた。





「…大好きだよ。」



「私も。大好き。」





好きな人に好きだと言える幸せ。好きだと言ってもらえる幸せ。

それを私達は知っている。

だからきっとまた会えない日が続くだろうけど、

でも大丈夫。待っていられる。



彼とだから、私はこんなにも頑張れるんだと気づいたのは

実は結構最近だったりするんだけどね。







「じゃぁ俺行くね。」



「分かった。仕事頑張ってね。」



「うん。じゃぁまた…」



「……………。」





「またね。」

…この言葉、好きじゃない。

追いつめられた気持ちに火が点いてしまうから。

「また」っていつ?いつ会えるの?…終わりのない迷路がスタートしてしまう。

本当は「また明日」って言いたい。

くだらないかもしれないけど、また明日も会えるっていう証が欲しい。

彼の口からその言葉は出たことがない。勿論私からも。

私達に「絶対」はないから…。



だから、嫌い。







「また…明日ね。」





「え…?」





ある意味「好き」よりも望んでいた言葉だった。

どんなに願っても、求めても

絶対に口にしてはいけないんだと決め込んでいた。

こんなにも愛してくれて、大切にしてくれる彼にそんな我が儘言えない、

言ったら愛する人を困らせてしまう…そう思っていたから。





「また…明日?」



「うん。また明日。」



「え…だって…」





覗き込むように見つめられて目がそらせない。

その優しすぎる瞳に吸い込まれてしまいそうだった。





「会うだけが明日じゃないじゃん。」



「え?」



「そりゃぁさ、確かに毎日会えないけど、

 それでも俺たちの時間は流れてるんだから。」





少しだけ彼は視線を横にズラして、早口でまくしたてた。

だけどそれは精一杯照れ隠し。

その証拠に、そらされた視線からさえ真っ直ぐと気持ちが伝わってくる。



きっと気づいていたんだ。

私の中にある小さな蟠りに。

必死に笑顔で誤魔化してきたつもりだったけど、

やっぱり彼には隠し事は出来ないみたい。





「あ〜何か超恥ずかしいんだけどっ/////」





いつもはこっちが恥ずかしくなる程の愛の言葉さえ

何て事ないような顔して囁く彼が、今日は珍しく頬を赤く染めている。

それが何だか可笑しくて可愛くて

たまらなく愛しくて…。





「…ありがと。」





頬に添えられた手に、そっと自らの手を重ねた。

ゆっくりと二人の体温が溶け合って1つになっていく。

そう。会うことだけが全てじゃない。

想いを伝える術が言葉だけじゃないように、

あたし達にはあたし達なりの「明日」が来るんだよね。







「でもビックリしちゃったな。」



「え?何が?」



「だってこんな恥ずかしがってるとこ初めて見たもん」



「何だよそれっ。なーんでそんな嫌味な言い方すんの?」





ほっぺを思い切りぷくっと膨らませた瞳に睨まれる。

本当、見てて飽きないっていうか

表情がコロコロ変わるところ、好きなんだよね。

そう言ったら「子供扱いすんなよ!」ってますます怒られちゃいそうだから

今はまだ、内緒に…。





「じゃ、頑張ってくる!」



「うん。いってらっしゃい。」





手を振る背中を見送る。

数歩あるいた所で立ち止まって、

くるりと振り返った表情は満面の笑みだった。









今日が終わって、明日になって、

明後日になって…どれほどの時が経っても





「また明日ね!」



「うん、また明日!」





ずっとこんな風に、明日への約束が出来ますように…。





end。。。



ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)

あと1000文字。