読んでくださって、本当にありがとうございました!
これからも精進していきたいと思っております!

コメントを頂けたら嬉しいです。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

「明久君……明久君……」
あの日から、姫路瑞希の日常が変化したことは言うに容易い。彼女自身の内に秘めたる独占欲に惹かれた淫魔の一人が、彼女を淫魔の眷属へと変えたあの日から。
思い人を独占したい、という気持ち。思い人がその想いに気付かないもどかしさ。友達の女の子に対するすまないという感情……それらが混ざり合っては彼女の心の中で膨れ上がり、パンク寸前まで彼女を膨張させていった。
一途に、狂おしいほどに相手を思う心をもった女性、それはしかし、淫魔にとっては最高の玩具にして、理想的な同胞となる素質を持った人物であった。

『ねえ……あなたの想い人、貴女だけの物にしてみないかしら……?』

夢の中、無意識下に忍び込み、淫魔は夜な夜な、瑞希の心に媚毒を蒔いていった。ある時は想い人による告白を、またある時はその想い人との別離を、さらには渇望を……。
そのたびに瑞希の心は想い人――吉井昭久への恋慕、依存、そして渇望へと傾いていった。さらに元来秘めていた独占欲がそれらに水を撒き、毒々しさすら感じられる恋慕の花を咲かせ、深く重い味のする過依存の実を結ばせた。
そして――。

『貴女に、彼を自分だけの物にする力をあげるわ。これで……貴女は私と同じになるのよ。ふふふ……自らの思うままに振る舞いなさいな』

「――ありがとう、御座いました……♪」
瑞希がその力を受け入れた瞬間、地面に、まるで召還獣を呼び出したときのような魔法陣が浮かんだ。それは、瑞希の全身を通り抜けるように、少しずつ上へと上がっていく。
「うぁ……ぅああ……んん♪」
魔法陣が通り抜けた場所から、瑞希の姿は変化していった。
素足には、黒のハイヒールが身に着けられ、瑞々しい肌で淫らな脚線美が描かれていく。
「んあぅ……ぁ……熱い……です……んぁ……ふぁぁぁ♪」
ふくよかな安産型の尻、その尾てい骨辺りが盛り上がると、しゅるん、と音を立てて先端がハート型になった紺色の尻尾が生えてきた。新たに発生した感覚に戸惑いと快感を覚える瑞希だったが、変化がそれだけに留まるはずもない。
「ひぁ……ひはっ♪ひゃああああっ♪」
理想的な形状の上半身のラインと共に、それを強調するような衣服――に見える体毛を形成していく魔法陣。それが、彼女の豊かな胸元に差し掛かった瞬間――肩胛骨辺りの皮膚が盛り上がり、それを貫いて皮膜に覆われた蝙蝠状の羽が発生した。
確実に変化していく彼女の体。しかし、それを瑞希は心の底から受け入れてしまっていた。それに合わせて彼女の体はさらに扇情的な物へと変化していく。豊かな双球はさらにその大きさを増し、淫猥な模様を描く体毛もその形や触り心地を変えていく――!
「!!あはぁぁぁぁぅぅぅ♪♪」
魔法陣が瑞希の顔を通過した瞬間、彼女の桃色の髪を突き割って、二本の黄金色した、捻れた角が発生した。天に向けて螺旋を描くそれは、今の彼女の姿をより力強く印象づけるものとなった。
全ての変化が完了し、ぱたり、とベッドに倒れ込む瑞希。今の彼女の姿を見て、人間だと思う者は居まい。間違いなく……淫魔となってしまっている。
変化――転生の快楽に浸りながら、再び目を開いた瑞希は、以前では浮かべることすら想像つかないような淫靡な笑みを浮かべながら、蕩けそうな声で呟いた。

「……ふふふ……明久君……待っていて下さいね……♪」

――――――――

姫路瑞希が淫魔と化してから数日後、Fクラスのメンバー数名が、唐突として行方不明になった。被害はFクラスだけではない。Aクラスの生徒も、突如として行方不明になったのだ。
その中には学年トップの霧島翔子、男子トップの久保利光、そして成績優秀者姫路瑞希も含まれていた。
学園始まって以来前代未聞の事態だが、学園長はこの件について調査することはなかった。
いや――調査できなかった。調査しようにも、全身をブロンズにされては、動くことも、声を出すことも出来るはずがなかったからだ。

――――――――

「やっほー♪」

「……」
活発そうな少女の声。しかし、その声に応える者は誰もいない。いや、もとより少女も返答には期待していないようだ。
そのまま軽い足取りで、何かに近付いていく少女。薄明かりの中、黄緑色のショートヘアーが忙しなく揺れている。が……その動きの一部は二本の角にせき止められている。
歩みを止めつつ、少女は目の前に置かれたオブジェ――人型の像に軽く口付けをした。そして像の顔をしげしげと眺めつつ、にっこりと笑って後ろ手を組み、のぞき込むように告げた。

「これで少しはボクの躰に……ううん、オンナノコの躰に慣れたかな?
――土屋君♪」

彼女の目の前にある像――所々カピカピになった何かが貼り付いているそれの顔は――紅潮しつつある土屋康太のそれであった。
通常の彼ならば、この時点で鼻腔内の毛細血管が断裂し鼻血が噴出される光景が見られるはずであるが、当然ながらその気配はない。
何故なら彼は――目の前の健康優良生徒であった工藤愛子によってガラス像化されているからだ。
愛子は、淫魔になって得たのであろう何らかの力でガラス像から意識を読みとり、ちょっと困ったような、悪戯めいた笑みを浮かべつつ呟いた。
「ん~、まだ駄目なの~?そんなんじゃ戻してあげられないよ♪ボクはムッツリ君の体質を治してあげたくてこうしてるんだからさ~♪」
指で小突くと、綺麗な音を立てるムッツリーニ像。まるで彼の純粋さを表しているみたいだね、とばかりに首筋を舐め上げる愛子の尻尾が、ピコピコと揺れる。まるで玩具を見つけた子供のような無邪気さを纏っているかのように。
「ダメダメ~。素直に認めないと、君を戻してあげないゾ♪」
見せつけるように裸体を惜しげもなく晒しながら、愛子は彼の鍛え上げられていた太腿の部分に股間を沿わせつつ、耳元と思われる部分に囁き続けていた。
その仕草にも、平然と行われる行為にも、彼が反応することはできなかった。ただガラス像として、立ち尽くすことだけ……。

――――――――

ちゃり、と鎖の音がする。金属同士が擦れ合い、歪な音を立てている。
ゆっくりと……鈍く、だがしかし破壊的な要素を含む音が、空間の中に響き渡っていた。
「……くそっ」
坂本雄二は、自分が今置かれている現状に悪態を吐くことしかできなかった。
両手に手錠、両足に足枷という事態ならば、何回か経験はしていた事がある。理不尽ながらこれは事実である。しかし……現状のこれは、理不尽どころかあってはならないことだと、彼は考えていた。
「……翔子の奴……くそっ!」
叫ぶだけで、現状が解決するわけではない。だが、叫ばなければ彼はやっていけなかった。彼の両腕両足――鎖に繋がれたそれが、白金に変じているのだ。

「……雄二……」

「――!?翔子っ!」
光のない部屋に響く、彼を呼ぶ声。どこか寂しげな響きを持つそれを発したのは――彼の幼なじみにして、学年最高の頭脳の持ち主、霧島翔子であった。
ただし、その姿は完全に淫魔のそれと化している。
「……雄二……」
譫言を呟くように、翔子は雄二に向けてゆっくりと近付いていく。その様子に、雄二は躰を捻りつつ、手錠を外そうとする事しか出来なかった。
「……無駄……。雄二の手首のサイズと手を最小サイズに縮めたときの円周、及び肘関節の可変具合まで計算して買った手錠を使ってるから……」
冷静さすら感じられる口調で、翔子は雄二に眉一つ動かさず告げた。そのまま、左手に持った紙を一つ、雄二の前に掲げる。
またか、と言わんばかりに、雄二は落胆の表情を浮かべた。この監禁も、この体の状況も、すべては翔子の手に持つ、婚姻届にサインをさせ、判を捺させるための物であると分かったからだ。
「……解除のためには……サインして」
「まずこの体をどうにかしろ翔子――ぐううっ!」
叫び終えた雄二が、突如として呻き声をあげた。よく見ると、腕までだった筈の白金が、肘から先にも及んでいるのだ。じわり、じわりと体を白金に侵蝕されている。
「答えが違う……雄二。サイン……して?」
「お前は俺の体を見て何も思わんのか!」
「……結婚してくれない雄二が悪い」
「だからそれ以前の問題があるだろ!」
雄二の言葉に、首を傾げる翔子。このままでは埒が開かないと考えた雄二が、ありったけの声で叫んだ。
「この手でどう書かせるつもりだ?翔子!」
白銀の手は、最早雄二の制御から離れている。ペンを掴むことすら出来ないだろう。もし掴めたとして、ペンが折れてしまうことすら有り得る。それを学年主席の霧島翔子が分からないはずがない……が、彼女は雄二の事になると、常識を忘れてしまう事が往々にしてありうるのだ。

「……?」

いや、今回は分かっているらしい。首を傾げつつも、ペンを白金の手に押し付けつつ、翔子は雄二の耳元で呟いた。
「……ペンを持っている間だけ、片手だけ自由になる」
「結局じきに書けなくなるだろう――ぐがぁっ!」
ついに、股間にまで白金化が進み、悶えることすら出来なくなる雄二。しかも、白金化は徐々に胸の辺りまで迫っていき、一刻の猶予もない。
「さぁ……雄二……。私と結婚して……しょうゆを立派なお嫁さんに育てよう?」
「だから子供にその名前は止めろと!」
「え?私に子供産ませてくれるの?」
「もうお前は病院に行け!」
「え……産婦人科なんて……♪」
「だああっ!お前会話する気無いだろ!絶対ないだろ!」
漫才のような遣り取りを続けている間にも、雄二の体は次々に白金へと変化していく。既に雄二に残された選択肢は……このまま白金化するか、僅かな可能性をかけてサインをし、解除と共に婚姻届を奪い、破棄すること……その二つしかなかった。
「(くそっ!このままじゃ何も出来ねぇ!片腕が使えたところで、片腕だけじゃプラチナは重くて脱出も出来ねぇ!)」
酸化し辛く、金よりも重い貴金属である白金。翔子が雄二を変化させた理由はこの性質が全てだ。ずっと雄二を側に置きたい――その思いが雄二の脱出も、反逆も、反抗も拒む。
「……さぁ……雄二……雄二ぃ……、婚約……婚約……こんやく……コンヤク……♪」
「おい、頼むから正気に戻ってくれ!いつぞやの清水のようになってるぞ!翔子!」
髪の毛が若干逆立ちながら、両手の爪が若干伸び、翼が幽かな光すら通さないかのように広がるその様は、同じクラスの島田美波に恋する、Dクラスの螺旋双髪の女子、清水美春がダークサイドに堕ちる姿にも似ていた。必死に正気に戻そうと叫ぶ雄二だが、しかし……その声も、ぴしり、ぴしりと進む白金化の前に、弱くなっていく。
「……ぐ……ぁ……くは……」
酸欠によって顔が赤くなっていく雄二。その瞳は、しかし希う、或いは媚びる様子は微塵も見られなかった。あるのは……何処か哀れむような、自らの無力さを悔やむ光。
「……フフフ……雄二……雄二ィ……」
最後に一言、正気に戻すような一言を言わなければ――その思いは、しかし自らの体によって裏切られることになった。

――パキン

まずは口が白金と化し、動く場所が目しかなくなる。

――パキン

その目すら翔子を見つめたまま白金と化し――。

――パキン

――髪の毛の一本に至るまで白金化した今、雄二の面影を残すのは、ペンの握られている片手だけであった。
「……ユウジィ……コンヤク……♪」
既に壊れたように'雄二'と'婚約'を繰り返す翔子は、雄二の手を握りつつ、婚姻届に、雄二の筆跡を真似するように――坂本雄二、と記した。
同時にカラン、とペンは落ち――瞬く間に雄二の手は白金へと化す。その手を優しく握りつつ……霧島翔子は坂本雄二像を抱き締めつつ、まるで恋人がするように、耳元ですっ、と囁くのだった……。

「……ユウジィ……ズット……イッショ……」

錆のない金属へと変じた夫を、老いのない体へと変じた妻は、思うままに抱き締め続けていた。

壊れたような声で、名前と意志を呟きながら。



No.1  『学園と淫魔と行方不明-プロローグ~土屋、坂本』



一言申したければこちらから(拍手だけでも活力になります)

あと1000文字。