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『 A couple of lovebirds 』



シムラークルムの街は、何事もないかのような賑わいを見せている。
礁国・嶺国を相手の戦時下とは思えない穏やかさだ。

最も、戦闘は毎日あるわけではない。
国の中心とも言える大聖廟付近地は、シムーンを搭載した各戦艦がそれぞれの担当空域をがっちりと死守しているため、
空からの侵入者達は一網打尽にされる運命を辿る事になる。
隙を狙って果敢にも攻撃をかけてくる事もあったが、それは稀だった。
もちろん、陸戦においては国境付近での小競り合いは頻繁なのだが。
けれど、この場所まではさすがに敵国の魔の手が及んだ事はなかった。

「シムーンと巫女様達がきっと自分たちを守ってくれる。」
盲目的とも言える信頼感とシムーン神話が、今、彼らの日常を支えていた。




まだ、そんな時期の事である。







大聖廟から僅かに離れた林の中に、ひっそりと佇むように一軒の喫茶店があった。
こじんまりと落ち着いた調度品がひと時の安らぎを演出している。


その片隅の席に、戦艦アルクス・プリーマの若き艦長・アヌビトゥフの姿があった。
優雅に足を組み、白く長い指でタバコを燻らせながら、時折窓の外を窺っている。
人待ち顔なその横顔は、さながら凛とした女性のようにも見える。


カランカランと音がして店のドアが開いた。

「遅くなりました、艦長。お待たせしてしまいましたか?」

「いや、そうでもない。私もさっき来たところさ。」

「よかった。連絡に何かと手間取ってしまって。すみません。あなたはすんなり出られたようですね。」

遅れてやって来たデュクスのグラギエフは、申し訳無さそうに言って向かいの席にストンと腰を下ろした。


今日はアルクス・プリーマが整備点検でドック入りとなったため、二人は久々の休暇を一緒に過ごそうというわけである。


「いいのでしょうか?今は戦時下だというのに。こんなところでのんびりしてしまっても。」

「君は心配性だな。こんな時、だからじゃないのか?我々だって血の通った人間だよ。疲れ知らずの不死身の身体は持っていない。」

「はあ。」

「確かに今の宮国は戦争中だ。今こうしている間にも、いつ敵さんがお出でになるか分からない。毎日がそんな緊迫状態だろう?」

「はい、確かに・・・・。」

「だから、少しでも許される時間があれば、こうして羽を伸ばしておく必要がある。わかるかい?グラギエフ。」

「はあ、そんなものでしょうか。艦には残っているシビュラもいますし。クルーにしてもそうでしょう?私は気が気じゃありませんよ。」

「まったく。君はあの頃とちっとも変わらないな。真面目というか、融通が利かないというのか。」

所在無くソワソワするグラギエフに、さも楽しげにククっと笑いながらアヌビトゥフは言った。


「あの頃・・・・・ですか。任務に忠実なだけですよ。それを言うなら、あなたも変わりませんねえ。タバコはほどほどになさった方が良いのでは?」

グラギエフも負けてはいない。と、いっても彼にしてみれば、アヌビトゥフの身体を気遣ってに過ぎないけれど。


「そういうところも変わらないな。グラギエフ。覚えていないか?この店を。」

「ここですか?ええ、もちろん。あの頃、時々あなたとお茶しましたね。あなたは、あまり外では飲みたがらなかったでしょう?それが何故かこの店だけは気に入って、良く二人で来たじゃないですか。だから、あなたに指定されてもすぐに分かったんですよ。この店も変わってないなあ。
ああ、そうだ。この席は私達の指定席でしたね。」

懐かしそうに話すグラギエフは、がっちりとした骨格とはアンバランスなほど、少女の愛らしさが今だ残る蒼い瞳が美しい。


「覚えていたのか。もう忘れてしまったのかと思ったよ、昔の事など。」

「そんな事はありませんよ、ちゃんと覚えています。あの頃、やっぱりあなたはその席に座っていた。そして、同じようにタバコを吸って・・・・・。」

「そして君は、“シビュラがタバコなんか吸ってはいけません!”って取り上げたんだよな。」

「ええ、そんな事もありましたっけね。」

「今日は取り上げないのかい?」

アヌビトゥフは悪戯っぽい目で、グラギエフを覗き込むように言った。

「ええ、あなたは充分大人ですからね。もうご自分で判断できるでしょう、艦長。そんな事を聞くために私を呼び出したんですか?」

「おいおい、冷たいな、グラギエフ。君らしくもない。さっきも言ったろう。羽を伸ばしたいって。」

気のせいか強い口調のグラギエフの言葉にも、アヌビトゥフは怒る様子もない。

「すみません、つい。失礼な事を言ってしまいました。」

「君も疲れているんだよ。僅かな時間だが、ゆっくりしたまえ。それにもうひとつ。ここで艦長はやめてくれないか。今は対等でいたいんだ。」


「ではアヌビトゥフ。ここは割り切って、しばらくゆっくりさせて頂きましょうか。」

「そうしようじゃないか。この辺りは思い出の場所だな。」

「アヌビトゥフ。今日は何だか少し変ですよ。あなたこそお疲れなのではないですか?」

「あはは、そうかも知れないな。なぜか昔の事を思い出してしまうんだ。特に君と過ごした・・・・・な。」

「本当に二人とも生き抜きが必要って事でしょうね。」


やれやれと笑いながら納得したかのようなアヌビトゥフとグラギエフ。
ひとしきりティータイムを楽しんだ二人は、店を出るとこれも懐かしい並木道を歩いた。




宮国最強の戦空艦アルクス・プリーマの艦長とシビュラ統括官のデュクス。
絶妙なコンビネーションを見せる、司令塔のパルとも言える二人。
やはり、同じアルクス・プリーマでのシビュラ時代も、不世出のパルと謳われた二人。

しかし、お互いの思惑のくい違いから、音通不信だった時期があった。
当時を知る者は、性別後の二人が生涯のパルになるだろうと信じて疑わなかった者も少なくなかった。

アヌビトゥフ自身、密かに妻にと望んでいたパルが、グラギエフとして現れた時のショックは、決して消えたわけではない。
増してや、自分が艦長を務めるアルクス・プリーマのデュクスとして彼が現れた時の驚きは、今も忘れられない。

しかし、時の流れは人を大人にする。
始めはぎこちなかった二人の関係にもやがて雪解けの時が訪れた。
男同士となってしまったけれど、甲斐甲斐しくアヌビトゥフの身の回りを気遣うグラギエフは昔のまま。
アヌビトゥフも、これはこれで良い状況か、と納得するようになった。

艦橋にあっても、常に寄り添うかのようなスタンスを取る二人を、艦内の誰もが密かにこう呼んでいた。

『アルクス・プリーマのおしどり夫婦』と。




「なあ、グラギエフ・・・・・・・・・いや、何でもない。」

「何ですか?言いかけて。気になるじゃないですか。」

「いや、すまない。大した事じゃないんだ。気にしないでくれ。」


アヌビトゥフは本当は聞きたかったのだ。
グラギエフが何故男を選んだのかを。
しかし、そう問いかけてすぐに打ち消した。
そんな事はどうでもいい、今も彼が傍にいてくれる、それでいいじやないか、と。


グラギエフも思っていた。
いつまでこの時が続くのだろう、この人の傍でこうしていられるのはいつまで?、戦争が終れば別れが来るのだろうか?
いや、それでもいいと男になったんだ。後悔はしない、と。


無言のまま、二人は暫く歩いた。
同じ思いのまま、言葉にしないまま。


やがて、ふと立ち止まったのはアヌビトゥフ。
徐にグラギエフに向き直り、ツッと背伸びをしたかと思うと、熱く口付けた。



「私達は離れない。あの時から、そしてこれから先もずっとだ。いいね。グラギエフ。」


一瞬驚いた表情をしたグラギエフだったが、やがてにっこり微笑むと、首に掛けていたリングタイプのペンダントを差し出した。

「もちろんですよ。あなたは教えてくれたでしょう。」

「このリングは・・・・。持っててくれたのか。」

「当たり前です。これがあればこそ、私はここにいるんです。」


それは、あの別れの日に、アヌビトゥフがグラギエフに渡したリングだった。
男となった今の指にはとうてい填まらない。
それでも、愛の証として、今もグラギエフの胸元で密かに揺れている。




無事、整備を終えて音も静かに艦は進む。
アルクス・プリーマの艦橋には、当然のごとく寄り添うような艦長とデュクスの姿があった。
今日もクルー達は二人をこう呼ぶ。


『アルクス・プリーマのおしどり夫婦』と。






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