ウィスプレイル より
『嘘と内緒』


「知っているか?アシル」
「何を?」

午後のおやつの時間。
俺とジャンがサザのパンケーキを食べながら、くだらない話題で盛り上がっていた時の事。
ジャンが思い出したように話し出した。

「どこかの世界には一日だけ嘘を吐いてもいい日があるんだってさ」
「どこか世界って……」
「これは俺のじいちゃんの弟の嫁の従妹の甥の友達が言ってたから本当だぞ」
「なんだそれ!」

思わず俺がジャンに突っ込みを入れた時、リビングのドアから夕飯の買い物から帰って来た
サザがジャンを見て溜息を吐く。

「あ、ヤベ!俺、帰るわ!」

ジャンは残っていたパンケーキを口に放り込み素早く帰って行った。
サザは俺の傍に来て、また坊ちゃんのおやつを狙って来たんですか、と顔を顰めている。

「いいじゃん、たくさんあるんだからさ。サザの作るおやつはおいしいからジャンも来るんだよ」

サザはいつも十分な量のおやつをつくってくれる。
しかもすごくおいしいんだ。
ジャンはどうしてかサザがいないとき現れて、つまみ食いして帰っていく。
先に来るって言えばジャンの分も作ってもらうんだけど。

「ですが、私が坊ちゃんの為に作ったおやつを……」
「あ、そうだ!」

俺は話題を変える為にジャンが言っていた話しをした。

「なんかさ、嘘を一日だけ吐いてもいい世界があるって知ってる?」
「何ですか。それは」
「ジャンが言ってた」
「またあの子ですか。ダメですよ、坊ちゃん。嘘はいけません。坊ちゃんにもし嘘を吐かれたり
したら私は……」

サザは俺が嘘を吐いた時を想像しているのか、途端に悲観的な顔になった。
俺は慌ててそんな事しないと思うと、最後の方はちょっと歯切れ悪くなったけど否定した。

「約束ですよ!」
「う、うん……。あ、そうだ!今日一日、嘘を吐いてもいい日にしようよ!」
「坊ちゃん!?」
「おもしろそうじゃん」
「今さっき約束したばかりじゃないですか!」

俺の肩をサザが、ガシリと掴み覗きこんできたから、それを押しやって落ち着かせる。

「嘘を吐くって知っているんだからいいだろ?」

あまり乗り気ではないサザを押し切って、楽しくなってきた俺は、今日を嘘を吐いてもいい日に
決定させた。






父ちゃんも一緒の夕飯の時、俺の大好きなオムライスが出た。
ぷるぷるな黄色い卵がバターライスの上でキラキラと輝いている。
スプーンを入れると、とろんっと崩れ落ちて、オムライスを囲んである、きのこのデミグラスソースに
絡んでいく。
うううううまそうー!!

「いただきます!!」

パクリと一口頬張る。
んんーっ!うまーーーーいっ!!
自然と顔も笑顔になる。
そんな俺を見てサザが嬉しそうに、おいしいですか?と聞いて来た。
反射的にうまいよ!と答えそうになって口を閉ざす。
危ない、今日は嘘を吐いてもいい日にしたんだ。

「う、うまくない」
「アシル?どうしたんだ?」

俺の言葉に父ちゃんが不思議そうな顔をした。
それはそうだ。
誰が食べたっておいしいはずのオムライスを、しかも俺が大好物のサザのオムライスを
うまくないって言ったんだから。

「うまいだろ?」
「うまくない」
「うまくないのか?」
「うん」
「じゃあ、何で食べているんだ?」

確かにうまくないと言いつつ、俺はがつがつと食べている。
父ちゃんが疑問に思うのも無理はない。
首を傾げていた父ちゃんが、俺のオムライスの皿を取り上げた。

「あ!何するんだよ!」
「だって、うまくないんだろ?」
「――っ!!」
「無理して食べるな。父ちゃんが食べるから」
「だ、ダメ――!!……じゃない……」

う、嘘を吐かなくては、と思うとすごく不利な状況に自分を追い込んでいる気がする!!
あっ!!
俺のオムライスが……っ!
父ちゃんの口の中にぃっ!!
取り返そうと手を伸ばすが、父ちゃんはそれを素早く交わしながら俺のオムライスを全部
食べてしまった。
ああ……うあああああーーーーーっ!!
俺のオムライスぅぅうーーーー!!!






トントンと部屋のノックの音が聞こえる。
まだ寝る時間には早かったがベッドに横になっていた俺は元気のない声で返事をする。

「……何?」
「坊ちゃん、入りますよ」
「……」

ドアが開く音が聞こえると、布団を引き上げて頭まで潜った。
部屋の中にサザが入って来た気配がする。
ギシッとベッドのスプリングの音が鳴った。
サザが腰を掛けたらしい。

「だから、嘘を吐くのは止めた方がいいと言ったでしょう?まぁ、ジョスタさんも大人げなかった
ですけどね」
「……」
「坊ちゃん、もう嘘を吐くのは終りでいいですね?」

布団から少し顔を出した俺は黙ったままコクリと頷いてまた潜った。
サザが布団越しに、また明日の朝オムライスを作りますね、と囁いて来た。
思わず上半身を勢いよく起こした俺に、笑ったサザが、トマトソースとデミグラスソースどっちが
いいですか?と聞いてくる。

「りょ、両方!!」
「はい。両方ですね」
「た、卵まだあるの?」

卵は俺ら一般国民にとっては高価なものだ。
サザはたくさん貰いましたからとほほ笑む。

「いつも養鶏場の奥さんに会うとくれるんですよ」
「……それはサザだからだって」
「?坊ちゃん?」

俺は額を押さえながらマダムキラーめ……と心の中で呟く。
サザは優しそうな雰囲気と綺麗な容姿で、近所の女の人達に大人気だ。
実は光の精霊だって知ったら、みんな腰を抜かすだろうなぁ。
まさかエプロンをつけて買い物かごを下げて市場に行くだなんて誰も想像しないよな。
なんだかすごくおかしくなってきて笑ってしまった。

「いきなり笑い出してどうしたんですか?」
「ううん。サザはエプロン姿が似合ってる。そういえばずっとあのエプロンだね」
「ふふふ、あのエプロンは坊ちゃんが誕生日プレゼントにくれたものですからね」

でも、あれはかなり昔に買ったやつなんだよな。
来年の誕生日は新しいエプロンを買おうかな……。

「どうしたんですか?顔がまた笑っていますよ」
「え?笑ってた?」

サザが喜んでくれている姿を想像して顔がにやけてしまったようだ。
なぜ俺が笑ったのかが気になったサザが理由を聞いてくる。
もちろん、それは内緒だ。

「内緒!」
「坊ちゃん?言ってくれないんですか?」
「言ったら、内緒じゃなくなるじゃん」
「そんなっ」

サザが必死になって、内緒もいけませんよ!と言って来る。
どうにか聞き出そうとして来るサザの声を無視して布団にまた潜った。
エプロンはサザの瞳の色と同じ、菫色にしよう。
プレゼントを渡すその日を楽しみにしながら目を閉じた。







……。

「内緒……私に内緒だなんてっ」

…………。

「昔は何でも話してくれたのにっ」

…………。

「坊ちゃん~!酷いです~!」

――――っ!

「坊ちゃん~!」
「うるさーいっ!!」

結局、拗ねているサザを布団の中に入れて、宥めながら、一緒に眠りについたのであった。





END





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