恋のあやまち 1





 娘たちは、笑いさざめきながらスペイン風の中庭に出た。
 皆二十歳前の官女たちだ。 主な話題は、恋、そして結婚と決まっていた。 だから、今日は特に盛り上がっていた。 イタリア北部の洗練された豊かな国チェスティーリアの華、コンスエラ・ディオニージの縁談が、めでたくまとまったからだ。
 少女たちは庭園に散らばると、マーガレットの花を一輪ずつ摘み取って、中心に立つコンスエラに次々と捧げた。 金髪を銀色に輝くネットでゆるやかにまとめたコンスエラは、花を受け取る度に愛らしく微笑んで、頬にキスを返した。
「ありがとう、ありがとうマヌエラ、カロリーナにジョヴァンナ」
 カロリーナと呼ばれた小柄な黒髪の乙女が、胸を手で包んで溜め息を漏らした。
「すばらしいわねえ。 あのノヴァラ公国のヴィットリオ様に望まれたなんて」
 歴史の長いベッラヴィエロ領主の家柄もさることながら、やはり美しさが物を言ったのだろうと、娘たちは考えていた。 艶めく金色の髪に囲まれたコンスエラの顔は、木陰の百合よりまだ白く輝いていた。


 折悪しく、みるみる雲が増えて陽射しが陰り、鮮やかな景色が色あせた。 同時に、冷気を伴った強い風が吹いてきた。
 薄地レースの袖を抱いて、コンスエラは空を見上げた。
「夕立が降ってきそうね。 中へ入りましょう」
 夕立?
 コンスエラのすぐ横で、自分の婚約が成ったように胸躍らせていた妹のラウラは、あることを思い出して黒い眉をひそめ、他の女官たちとは反対方向に駆け出した。
 驚いたコンスエラが、高い声で呼びかけた。
「ラウラ! 戻ってらっしゃい!」
 いったん足を止めて振り向くと、ラウラは澄んだ声を湿った大気に響かせた。
「上着をヘラクレイトスの泉のそばに置き忘れたの。 取ってこないとびしょ濡れになるわ!」


 優美な王宮の庭園で、ヘラクレイトスの泉だけは趣きが異なった。 棍棒を振り上げたヘラクレイトスの像が、短い腰巻一つで吹き上げる水の真ん中に立っている有様は、勇壮すぎて卑猥なほどだった。
 でも、夕立が間近いこの時に水辺へ走り寄った少女には、噴水を観賞している余裕などなかった。 無造作に石の縁の上に置かれた灰緑色の上着を手に取ると、改めてラウラは宮殿の階段にダッシュしようとして、半身を屈めた。
 そのとたん、どしんと突き当たられた。 ラウラはあっけなく腰砕けになり、藍色のタイルで縁取りした白大理石の上に尻餅をついた。
 一瞬遅れて、真横に男が倒れてきた。 茶色の粗末な半ズボンと折り返しつきの長靴が、ラウラの目前に投げ出された。
 

〔つづく〕






ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)

あと1000文字。