母と、ボクの…。
〜DMS・雷斗〜


「母さん、今日メシいらねぇ」



洗濯物を抱え、庭へ向かおうとする夏見を捕まえ、雷斗は告げた。

振り向いた夏見は一瞬、きょとんとした顔をし、そして、母の顔で呆れ笑いを浮かべる。



「はいはい、あまり遅くまで引っ張っちゃダメよ?大事なお嬢さんなんだから」



夏見が言うのは雷斗の彼女・李のこと。

中学時代に付き合った菊花のときは動揺し、ショックを受けていたようなのに今回は違うようだ。

余裕すら見てとれる。

まぁ、金目当てで近付いて来ていた人間との比較であるから致し方ないのかもしれないけど。



「夏見さ、オレより李が気になるわけ?」

「えー?」



洗濯物を干す夏見の背を見つめる。

いつの間にか小さい、と感じるようになった母の背中。

夏見が小さくなったのではなく、雷斗が大きくなったから、小さく感じるようになったのだろう。



「可愛い息子より、その彼女のが気になるのかって言ってんの」

「そりゃそうでしょ!母としては悪さしたらどうしようって気になるわよ」



当然とばかり言い切って。

そして、洗濯物を干す手を止めて、振り向いた。



「それにね、母さんは雷斗を信用してるから」



洗濯物を腕にかけたまま笑う母。

その姿が何処か眩しく見えた。



「信用って…信用してねぇから李のこと心配してんだろ」

「あ、それは別よ。『息子』の雷斗のことは信用してるから心配してないの。 けど母さんはどうしても『男性』としての雷斗を見ることは出来ないからその点は心配」



夏見が見れるのは血の繋がった、切っても切れぬ絆の元で見る『息子』の雷斗。

その雷斗はちょっとぶっきらぼうでやんちゃで、それでも母親である夏見のことを誰よりも気遣い心配してくれている優しい子だ。

夏見を心配させたり、泣かせる真似はきっとしない。

だけど、一人の『男性』として人を愛している雷斗を見ることは夏見には出来ない。

見れたとしてもそれは第三者的な目でしかなくて、異性を意識する男性としての 雷斗の心理の奥底を知ることは、夏見がどんなに望んだところで叶うことはないのだから。



「でも、雷斗ならきっと大丈夫ね」

「何だよ、さっきから!信用しねぇとか大丈夫だとか」

「ん?風斗がね、『雷斗はあー見えて奥手だから』って言ってたの思い出して。頼りになる弟情報っだから間違いないでしょ」

「ア、アイツ、いつの間に母さんにそんなこと言ってやがったんだよ!」

「さぁね〜。まぁ、ともかく学校行ってらっしゃい」

「…一緒に出ねぇのかよ」

「うん、洗濯物終わらせたいし、途中で李ちゃんに逢うかもしれないしね。いくらなんでも嫌でしょ、その年で親と仲良し通学見られるの」



にこっと笑って夏見は早く行けとばかり手を振る。

そして、くるりと後ろを向いて、また洗濯物に取り掛かってしまった。

夏見なりの、母としての気遣いなのだろうけれど。

彼女も子離れすべく、一生懸命なのだろうけれど。

何処か、寂しいと感じるのは何故なのか。

菊花の時はこれでは干渉だと鬱陶しく思った。

けれど、黙認されたらされたで寂しくなる。



「――じゃあ、行って来るよ」

「はーい、気をつけてね」



背中から夏見の声がする。

振り向くと、まだ懸命に洗濯物を干している母の背中。



「オレより洗濯物のが大事なのかよ…」



絶対に子離れ出来ないと思っていた母の子離れに、軽い胸の痛みを覚え、小さく呟くと、雷斗は一人で家を出た。



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