月が黒い空にぽっかりと穴を空ける。

「出たぞ!そっちだ!」

小さな星々がキラキラと瞬いている。

「枡屋西方に発見!急げ!」

ヒラヒラと、まるで蝶のように、

「ここかぁ!月光!!」

細い体躯が空を舞う。

「あらぁ、皆さんお揃いで。どうしました?」

くすくすと嗤いながら、彼女は悠然と腰を折った。










と君 と 貴方と私  ?1










最近、巷を騒がせている怪盗がいる。

神出鬼没、鮮やかにモノを盗み出し、未だ誰もソイツを捕まえたことは無い。
一般庶民には決して盗みを働こうとはせず、悪名高い貴族、又は商人からしか盗まない。
どんな時でも物腰穏やかな彼女が出た次の日は、貧しい庶民の家屋の前に一つの袋が落ちているという。

月明かりに銀色の髪を輝かせながら空を舞うその姿から、ソイツは“月光”と呼ばれた。


「・・・で、その月光を捕まえるためにわざわざ左右林軍出動ですか有り得ませんね。」


はぁ、と楸瑛は額に手を当てつつ溜め息を吐いた。
夕刻、定時になったので帰ろうとした楸瑛は門前一歩手前で白黒大将軍に捕獲された。
というよりもその日登城していたほとんどの武官が捕まった。
上司2人の無言の圧力に打ち勝って帰路を行ける武官などいるはずもなく(いたらそいつは人間じゃない)、
楸瑛も例に漏れずに渋々だがこんな誰もが寝静まっているであろう時刻にまで付き合わされているわけである。
楸瑛などは大将軍たちの奇行(どうせまた白黒両大将軍の意地の張り合いのようなものだろう)に
慣れたくもないが耐性が付いているが最近入軍してきた者達は気の毒に思う。
まぁどうせ帰りを心配する女房などいないだろうが。


「それにしてもたった1人のこそ泥にこの人数とはねぇ…」
「四十人。」
「は?」
「先日、月光に出し抜かれた時の総勢だそうですよ。」


いつの間にか隣に立った静蘭が言った言葉に目を開く。
(というか君も連れて来られてたんだね)
(・・・遺憾ながら)

それにしても、多い。
と楸瑛は内心でまた溜め息を吐く。
ここにいる武官はざっと六十人。だというのに相手は月光ただ独り。
官吏の捕縛ならいざ知らず、一介のこそ泥相手なら少数で攻める方が小回りも効いて都合がいい。
町の警備達なら質より量かもしれないが、武官は量より質を重視した方がいいに決まっている。

・・・まぁ、あの上司2人はそれもわかってやっているのだろうが。
これは飽くまで“遊び”だ。遊びは少しくらい不都合があった方が面白い、というまぁそいう魂胆なのだろうと楸瑛は内心呆れる。

どれだけ暇なんだ。


「「・・・・っ!!」」


ふいに、夜の闇を引き裂くような笛の音が響く。
楸瑛と静蘭はその音が聞こえた瞬間にその発信源に向かって走り出した。
月光が、現れたのだろう。アレはそういう合図だ。


「おや、だいぶ頑張ってるじゃないか、静蘭。」
「そちらこそ。呆れていた様でしたのに。」
「私はこれでも将軍だからね。例え上司のお遊びにつき合わされているのだとしても全力で挑まなければ下への示しがつかない。」
「・・・そいうものですか。」
「うん。それにさすがの私もあの2人のお小言を聞くのはね。」


絶対後半部分が本音でしょう。と思う静蘭であったが、君もどうせそんなところだろう?という楸瑛の問い掛けに無言を貫いた。
目も合わせようとしない。・・・図星か。

そんな時、ちょうど先程笛の音が聞こえた辺りに辿り着く。
キキイッと音が鳴りそうな勢いで仲良く止まった2人は辺りを注意深く見回した。


「・・・今日は随分と容姿が良い殿方が集まっとるんやねぇ。」


くすくすと、何処からか女の声が笑う。
見上げてみれば商家の屋根の上に銀色の髪を風に靡かせた女が満月を背に立っていた。


―――彼女が、月光。


ゴクリと、楸瑛も静蘭も知らず知らずの内に喉を鳴らした。
ただの女、なのに。
こんなにも美しいのは何故だろう?
顔は月の光が逆行になって見えないのに、何故だか、美しいと感じてしまう。まるで美の女神か何かのようだと楸瑛は思った。
普段、女性に対して世辞麗句を言いたくっているこの男だというのに、そんな陳腐な言葉しか浮かばない。
空気が、雰囲気が、彼女を包む全てが美しい。


「もしかして、そこに居る人等のお仲間?」


彼女の透き通った声が空気に溶ける。
その声と同時に動いた彼女の指先を思わず目で追って、楸瑛と静蘭は己が目を疑った。
多くの武官が、彼らの同僚が、倒れている。
うつ伏せの者、仰向けの者、肩を下にしている者、それぞれで皆が皆、


(寝ている!?)


なんて異様な光景だろう。
糸が切れた操り人形のように目を閉じて、(うわ、なんて幸せそうに)寝ている。


「何を、した?」


思わず静蘭の言葉が詰まる。この男にしては仮にも女性に対して敬語でないのが珍しく感じるがそれどころではなかった。
一体、どうなっている?


「なぁんにも。ただお香をちょいと焚いただけやで?」


くすくすと笑いながら「ほら」と香用の焚き壷を取り出した彼女に2人はしまった、と思う。が、もう遅い。
風上の彼女の手の中から香の紫煙が流れてくる。


「風下に、何の警戒もなしに来てしもたあんたらの失敗やね。」
「なに、を・・・」
「あれ、まだ起きてはるやなんて兄さん等、結構根性あるんやなぁ。そこの人等なんてすぐ寝息たて始めたゆうんに。
ま、ゆうても立っとるんがやっとみたいやけど。」
「なんの、つもり、だ・・・」
「・・・安心しぃ。心配せんでもただの眠り薬や。」

「これからは、風向きなんかも充分に注意するんやね。これは助言でこっから先は忠告。」









―――女独りやからって嘗めとったら、痛い目みるさかいに気ぃつけぇや?








それが、2人が聞いた彼女の最後の言葉で、次に2人が目を覚ました時には彼女の姿は影も形もなかった。

―――これが、月光と呼ばれる彼女との出会い。

後日、左右林軍武官達の心得には「いつでも何処でも風向き注意」というものが両大将軍による
ありがたーい御高説プラス愛の鞭という名の頭がかち割れそうな拳骨と共に加えられたというのは、まぁまた別の話。








○●○●○●○●○●
拍手有難うございました!!

今回から拍手も連載ものでいっちゃおうかなとかいう無謀な行動に出てみました。(*゜◇゜)!
怪盗もの大好きです。
キッド…!!←

ついでに何かコメントくだされば真面目に嬉しいですv



ついでに何か書いておくと管理人が物凄く喜びます!!

あと1000文字。