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1主=ソウハ





 その城に寄ろうと思ったのは、ほんの気まぐれだった。元々ソウハにとって旅とは大抵気まぐれからなるものだ。この土地で対立している二つの勢力を越え、自由商工業地として出店店舗を募っている珍しい城があるという噂を近隣の村で聞いて、ちょっとばかり興味を引かれたのがきっかけだった。



夏―風吹く土地の湖城にて―


 
 その城は外観的に城というよりは館に近く、建物には手入れが行き届いていないのかおんぼろではあったが、宿屋のベッドには清潔なシーツがあり細々とした気遣いは行き届いていた。そこそこ居心地は良さそうだ、と判断を下したソウハは迷わず宿を取ることに決めて、夕食までの暇な時間を城内散策に費やすことにした。
城内を巡っていると、妙に懐かしい気分に襲われた。そっと心の琴線に触れ、心の奥底に眠っていたものを揺り動かすような。歩き回っている内に、その理由には自然と気がついた。この城の雰囲気が持つ、雑多な種類の人間が集まっているからこその奔放で、熱気のこもったエネルギーがなんとなくかつての湖城に似ているのだ。
この城には軍が関与してはいないのだから、厳密には違うものだとはわかっている。だが、もう何年も訪れていないあの場所に思いを馳せるにはそれだけでも十分だった。

記憶をたぐりながら城をぶらぶらと歩いているとたくさんの人と行き交い、そのたびにこの城には本当に様々な人がいるのだと実感できる。休戦中とはいえ、諍いの耐えない二つの勢力の間に自由商工業地を作るなど大胆なことをするものだ、とひっそりと笑みを浮かべた。それを提案したのはまだ年若き城主だというが、決して愚かな策ではない。そして、そういう種類の大胆さには好感を抱ける。機会があるならぜひ城主の顔を一目拝んでみたいものだ。

つらつらと意味もないことを考えながら城の外を歩いていると、前方に畑が見えた。畝の間で何人かかがんで作業をしている人影があるのに興味を引かれ、ソウハは立ち止まってその様子を眺めた。どうやら畑で働いている人々は作物を収穫しているらしい。しばらくそうしていると、せっせと土にまみれて作物を取り入れていた男がいきなりソウハに声をかけた。


「見かけねぇ顔だな。もしかして旅人さんかい?」

「ええ、今日この城に着いたところです」

「そうかそうか。おーい、城主さん! 旅人さんが来てるってよ」

「え、あ、はーい!」


返事と共に、畝の向こうでぴょこりと誰かが立ち上がる。慌しい動作で首に下げた布で手を拭いながら現れたのは、柔和な顔つきのまだ年端も行かない少年だった。
年が若いとは聞いていたが、実際の彼は想像よりも若い。意外な思いに捕らわれながら、早々奇異なことでもないと自分に言い聞かせる。自分だって、都市同盟のリーダーをしていたあの子だって城の主だった頃はこの年代だった。
少年は畝から抜け出してソウハの目の前にやってきた。寂れた城でもこの年で城主ということは身分もそれなりにある家の子供だろうに、妙に麦藁帽子と首にかけた手拭いという畑仕事スタイルが板についている。


「ようこそ、ビュッテヒュッケ城へ! ゆっくりしていってください」

「どうもありがとう。しばらくのんびりさせてもらうよ」


 口上も態度も、誠意いっぱいといった風だ。頬を伝う汗を拭って笑顔を見せた少年に、ソウハも笑顔を返す。


「滞在だけですか? もし出店希望なら手配はすぐできますけど」

「残念ながら売るものはないんだ。旅の途中によってみただけ」

「それでもようこそいらっしゃいました」


 打算を感じられない歓迎の言葉。
 気持ちいい対応をしてくれる、と思いながらソウハは訊いた。


「この城は城主様が畑仕事をするのが普通なのかい?」

「いえ、これはちょうど今作物の取り入れ時なので人手が必要だから・・・・・・」


 言われて初めて自分の土で汚れた様子に気がついたのか、城主は麦わら帽子をとると、恥いるように視線を泳がせた。
 苦笑いをしながら、必要以上に飾ることなくとつとつと言葉を続ける。


「僕は城主として新米で大したこともできないので、せめてこういうところではいろいろな人のお手伝いをしたいんです」

「へぇ・・・・・・」

「変、でしょうか?」

「いや、立派な心がけだと思うよ」

「・・・・・・ありがとうございます」


 城主として。ソウハ自身は真似できないし、しようとも思わない態度だが、称賛に値するのは確かだ。
 城主の少年はためらいがちに頭をかくと、照れ隠しのように付け加えた。


「もしよければ、旅先とかでお店を持ちたい人がいたらこの城のことを教えてくださると助かります。まだ出店スペースはたくさんありますから」

「心得とくよ」


 一見純朴な感じに見えるが、意外にちゃっかりしているようだ。そうでなければこの年で城主なんてつとまるはずもないか、とソウハはくすりと笑った。
 また作物との格闘に戻っていた男から、城主の少年に声がかかった。城主の少年はあわてたように、ぺこりと一礼すると作業に戻る。その動きをその場で眺めながら、ソウハは目を細めた。

この土地はやがて跡形もなく消え去るかもしれないのに、彼らはこの大地での営みを変わることなく続ける。
この傍らでは着々とグラスランドの滅亡へと進んでいる者たちがいるというのに、知らないからこそ平穏に大地を愛し、その恩恵を受けて。


「旅人さん、難しい顔してないでよかったらこれ食べてってくれよ。丹精込めて育てたから絶対に美味いぜ」


 不意に、一抱えほどあるスイカがソウハの手に押し付けられる。パチパチと瞬くと、目の前には男の屈託のない笑顔があった。


「ありがとう」


 勢いで受け取ってしまったが、これをどう食べようか。
 単純に叩いて割るべきかとソウハがスイカをためつすがめつしていると、その前に制止がかかった。


「バーツさん、せめて切って渡さないと食べにくいですよ」

「それもそうだな。よっし、切るか」

「僕、包丁とってきます。待っていてください」


あれよあれよという間にスイカを切る用意が調っていく。城主が包丁とまな板を携えて戻ってくる頃には話を聞きつけたのか、スイカ目当てで顔を出すような者もおり、閑散としていた畑付近は一気に騒がしくなっていった。


「遠慮しないでどんどん食べてくれ!」


いつの間にか中心にいた男の気前のよい声が周囲に響く。美味い食べ物があるとすぐ人の群がるこの雰囲気も久しぶりだな、とソウハは少し離れたところからその様を冷静に見つめる。
だが、懐かしくは思えてもこういうお祭り騒ぎとは今は無縁の身だ。
配られたスイカをちゃっかり一切れだけもらうと、ソウハはさりげなく人混みから離れた。






適当に見当をつけて湖に降りる道を下ると、唐突に視界が開けた。


「あ…………」


思わず目を見張る広々とした湖面。涼やかな風が頬を撫でる。
一瞬、既視感を感じた。それほどまでに似ていたのだ。懐かしい、あの湖に。
反射的に目を擦る。よくよく眺めてみると、似ていてもこの湖は別物だとはっきりわかった。湖の中心に水上砦はないし、そもそもあの湖には難破した船がそのまま残っていたりはしない。
無意識に張り詰めていた息を吐き出すと、ソウハは湖の岸辺へとのんびり歩いていった。大地と湖の境界にちょうど座れそうなところを発見すると、いそいそと靴を脱いで足を湖の水に浸す。強い太陽の光に晒されて熱を持った体が足先から冷やされていくようだった。水辺からやってくる冷気が太陽の熱をやわらげてくれていてとても心地がいい。
しばらくそうやって体を冷やしてから、バーツから貰った目の覚めるような赤いスイカを思い出したようにしゃくりと齧った。たっぷりの水気を伴った爽やかな甘みが喉を伝う。


「本当に美味しいな、これ……」


水辺を見つけた子供がするように足先で湖の水をゆっくりとかき回しながら、ソウハは湖の広がる風景へと茫、と視線を向ける。
このグラスランドへの旅は、楽しみのために来ているわけではない。いずれ彼が起こす争いがどのように帰結するにしても、その結果を全てこの目に収めるために旅しているだけ。だというのに、このグラスランドの土地には予想もしなかったような心を揺さぶる光景が多すぎる。

彼は、このことを知っているのだろうか。疑念に駆られたが、きっと彼のことだ。ちゃんと知っているのだろう。ちゃんと知っていて、それでも紋章に縛られない未来を取る、と。そういう奴だ。そして、一度決意したら翻さない馬鹿みたいな頑固者だ。

 近いうちに、この地にかつてのトランのように星が集うだろうという先見の結果を聞いた。きっと、争いの火種は彼なのだろう。そろそろ彼も動き出す頃合だろうから、時期も場所も、一致する。
もしかしたら、この城に星が集うのかもしれない。
唐突な予感に近い閃きに、小さく苦笑した。そりゃあこれまで星が集った城にここは似ているけれど、だからといってどうだというのだろう。それに、この間が当たるにしても当たらないにしてもソウハには関係のないことだ。
今回の争いにはソウハは関与することはできないだろう、という霊験あらたかな託宣が下っていることだし、それ以前に、関わらないことは自分で決めていた。それが彼との約束だったから。結んだのは一方的とはいえ、守らないのは主義に反するのだ。
 ふ、とそのときの会話が脳裏によみがえる。
これ以降彼と会うことはないかもしれない。そんな予感を抱きながら交わした会話はもう何度もこの地を旅するにあたって折に触れて反芻しているから、今でも一言一句正確に思い出せる。


『止めても無駄だよ。もう決めたことだ』

『……止める気はないよ』

『今日はやけに物分りがいいじゃないか。気持ち悪いぐらいだよ』

『僕は君の考えを否定する材料を持ち合わせていないからね。それに、もし僕が止めてもルックは自分の意志を曲げる気はないだろう?』

『ああ、これっぽっちもね』

『でも、僕は君に協力する気はない。君の取る方法は、僕に言わせればリスクが高すぎるんだ。紋章を一つ破壊して世界の理が壊れたとしたら世界の滅びが早まる可能性だってあるだろう?』

『……だからといって、これから訪れるって決まっている滅びを手をこまねいてみていられるほど僕はのんきじゃいられないんだよ』

『うん、それはわかった。わかったから、僕は君の覚悟を黙って認めることにしたんだ。どちらの立場にも干渉しないで。それが友人としては一番いいやり方だと思わない?』

『それは一般に言う友人としては随分薄情な態度じゃないの?』

『まあね。でも、いい友人を持っただろう?』

『…………』


 あのときに言った言葉を撤回するつもりはない。後悔するつもりもない。自分としては、最善の道をとったと自分を納得させるだけだ。
 顔を上げると、過ぎ去った幻は消えて代わりに眩しい湖の景色が現れる。
 青い空と交わる、日に照らされた湖面。葉をそよがせる緑が目にしみる。水気たっぷりのスイカの赤い果肉は、水辺で涼しげにすましかえって――鮮やかな色彩は、まるで奔流のように。
 けれど、その美しさを誰よりも知っている彼は今、この景色を滅ぼす為に動いているのだ。それがたとえ、遠くにこの色彩が失われるのを防ぐ為とはいえ。
 広大なグラスランドの大地に我が身を置いて、傍観者となることを自分から選んだ少年は何も言わずに目を閉じた。そうしても、何も変わらないということも知っていながらも。







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