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何もないのも申し訳ないので。
未完のぬ〜べ〜アドベンチャーゲームシナリオの名残など。
YU??ピアの室
「まるで、人が住んでいるみたいに、奇麗ですね」
白い布が被せられたグランドピアノに歩み寄りながら、ゆきめが呟いた。
「いや…本来なら、もっと荒れているよ。家主から見せられた写真では、そのピアノは、もう、崩れていた」
「え・・・?」
鵺野の言葉に、ゆきめは目を見張った。
ピアノに触れようと、伸ばしかけていた手を引っ込める。
「じゃぁ、ここは・・・?」
“満月の夜、何かが起こる”あの若者達はそう言っていた。
そう。
“何か”は、既に起こりはじめていたのだ。
「どうやら、この洋館事体が、全盛期の姿を取り戻そうとしている様だ。だが、妖気は感じない。そうだな・・・喩えて言うなら、これは、この館の記憶だな」
ゆきめも、あたりの妖気を探ってみた。
やはり、何も感じない。
「館の記憶・・・」
蜘蛛の巣一つ架かっていないシャンデリアや、染みの無い壁紙。磨かれた床。そして、見るからに手入れの行き届いた、調度品類・・・
これらはすべて、この館が最も華やかであった時の姿なのだ。
記憶によって蘇ったもの。
記憶によって姿を残すもの・・・
ふと、奇妙な連想が浮かんで、ゆきめは小さく笑い出した。
「?どうしたんだ?」
壁にかけられた、大きな丸鏡を覗き込みながら、ゆきめはまだ笑っている。
鏡の反射する月光を受けて、雪女本来の姿をしたゆきめの白い着物姿が、妖しいまでに淡く浮かび上がって見える。
美しい。
鵺野は素直にそう思った。
抱きしめたいと、本能が促すままに、近寄ろうとする自分を、理性が叱咤して踏み止まる。
――何を考えているんだ、俺は? 今はそんなことをしている場合じゃない!!――
慌てて霊水晶を取り出して、邪気を探るが、それは、嫌というほど、ゆきめの発する妖気を意識するだけに終わった。
彼女から目が離せない。
軽い笑い声が耳に心地よく、口元を覆う手の指や、首筋の細さが、妙に目に付く。
月の光の所為か、淡雪の様に、今にも消えてしまいそうなほど、儚げに見えた。
あの時、腕の中に抱いていながら、為す術も無く、消えてしまった様に・・・
ぞっとした。
杞憂と判っていても、彼女に触れずにいられない。
この手で、実在している事を確かめたい。
気付いた時には、小柄な雪女を、背中から抱きすくめていた。
「・・・先生・・・」
当惑した声に、はたと我に返る。
「い・・・いや、その・・・」
消えそうだったから、などと言うのも、気障な気がする。
何と答えて良いものか、迷いながらも、なんとなく手を離せないでいると、前に回した腕を、ゆきめが抱きしめてきた。
腕に伝わる柔らかな感触が、心臓に悪い。
「ゆきめくん・・・」
「あの時も、こうやって抱いて下さいましたね」
「え?」
「雪山で、私が先生を殺そうとして、罠を張っていた時」
「ああ、あの時か・・・」
あの時。死んだと諦めていた彼女が、再び目の前に居て、子供たちが見ている事も忘れて、思わず抱きしめていた。
「あの時の私は、まんまと罠にかかったって、お腹の中でせせら笑っていたんです。でも、今思い出すと、とても嬉しくなるんです」
少し体をずらして、鵺野の胸に体を預けてくる。
「だって、先生から、抱いてくれるなんて、滅多に無いんですもの」
「そ・・・そうか?」
形の良い頭が、こくんと上下する。
「ええ、子供達が一緒だと、手も握ってくれない。何時も私がぶら下っているだけ」
「そ、そうか?すまない、気をつけるよ」
「良いんです。そんな先生も大好きだから」
腕の中で、ころころと笑うゆきめに、鵺野は、どぎまぎし続けていた。
彼女が身じろぎする度に、白いうなじが目を焼き、細く小さな体を意識し、柔らかな感触が理性に挑戦する。吐息さえも甘く薫り、ともすれば忘我の波に飲まれそうである。
まるで、心臓の耐久テストを受けているみたいだ。
「なぁ、ゆきめくん」
とにかく、何か話さないと…
「はい?」
「さっき鏡の前で、何を笑っていたんだい?」
腕の中で、細いからだがぴくんと反応する。
「…たいした事じゃありません…」
慌てる仕種が妙に気になった。
「教えてくれよ」
重ねて言うと、形の良い頭が、今度はおずおずと上下する。
「はい…あの、上手く言えないんですけど…この、綺麗な部屋の様子が、館の記憶でこうなっているって聞いて、何だか私みたいだなって思って。だったら、記憶だけで元に戻るかも、なんて考えたら可笑しくなって…あ…」
恋愛を司る神は女神だと聞く。きっと男の殺し方を心得ているのに違いない。
ゆきめの話は、鵺野の理性を弾き飛ばすのに充分だった。彼女が言い終わらないうちに、細い身体は男の力で強引に反転させられ、同時に腰と肩を強く引き寄せられて、驚く暇も与えぬうちに、真剣な顔が目の前に迫ってきた。
程なく唇が重ねられる。
状況を理解するまで暫くかかった。熱い吐息が頬にかかり、それよりも尚熱い唇が、自分の唇を蓋っている。
途端に頭の芯が痺れるような眩暈に襲われた。
愛しい男の腕にしっかりと捕らえられ、あまつさえ思いもかけない愛撫を受けている。呼吸と動悸が早くなり、膝から力が抜けていく。
我知らず鵺野のシャツの袖にしがみ付きながら、崩れそうになる身体を必死で堪えていると、腰に回された腕にぐいと力が込められ鵺野の身体に押し付けられる形で支えられた。
奇妙な感覚がする。痺れが背筋を伝って腰まで降りていき、下腹部を中心にじんわりと熱を帯びていく。突き刺されるような痺れにもどかしさが湧き上がり、それに苛まれて、ついしがみ付いた手に力が入る。
こんな事は初めてだった。
幾度かキスを交わしたことはある。抱擁と重なり合う唇に、幸せな満足感は感じても、こんな火で炙られるような焦燥感を感じた事はなかった。
もっと触れ合いたい、もっと強く抱いて欲しい。
ゆきめは全身の力を抜いて、鵺野の首にしがみ付いた。
おかしい。
鵺野の脳裏を疑問が掠めたのはその時だった。
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