俺の知らない君 ヒノ望前提将臣視点 |
「将臣くん」 熊野で、俺にとって約3年半ぶりの再開。 それを果たしたとき、望美は…あの時の風貌のまま―なんというのだろう、そう、”綺麗”になっていた。 しかし、相変わらず無邪気なまま望美は俺の気持ちも譲の気持ちも知らないのだろう 。 制服のスカートを翻し、舞うかのように剣を奮う。 聞いた話によると、俺とは違い望美と譲はこの世界に来てまだ半年ばかり。 もともと弓道をやっていた譲はともかく、望美は―確かに運動神経はよかったけれど―竹刀を握ることさえしていなかったはずだ。体育の授業で女子は武道など習わないのだし。其れを考えると、望美のあの強さは―異常ではないか。ほんの半年で、あそこまで強くなるはずがない。 俺だってこの世界に来て生きるため、―平家のために剣を取った。それこそ、平家を守るために血がにじむような努力をした。それが、今の俺だ。それを後悔していないけれど、数多の人を斬って血塗れた手を見ると―アイツに触れてはいけない。そんな気になる。 「なんだ、夕飯か?」 「うん、譲くんが将臣くんとヒノエくんを呼んできて、って」 ヒノエ―熊野の水軍衆の1人らしい、火属性の八葉。春の京で出会ったばかりだという譲の言葉だけれど―望美の彼へ向ける信頼度は異様なほどに高い。そして、望美がアイツに向ける視線に含まれている”色”に、少々淋しさが残る。 こちらの世界に来て、3年半ほど。あちらの世界にいた頃から、だけれど決して自分の身は―男の自分が言うのも変だが清らかではない。若さにかまけて体だけの関係だけを要求してきたスキンダイバー仲間の女が初体験だったし、こちらの世界では―それこそ、平家の客人であった頃から、何故か俺の傍には散々女が寄ってきた。男の性で、そいつらを相手にしたこともある。自分で慰めるより、適当な女を抱いた方が気持ちよかったからだ。―中には真剣に俺を慕っていた女も居たけれど。 だからこそ―離れていた間があるからこそ、気がついた。 望美は、ヒノエに恋をしている。 「じゃ、言ったからね。ヒノエくん探してくる」 くるり、と体を翻し、スカートを翻し。望美は俺と九郎に与えられた宿の部屋から出て行く。その後姿は、あちらの世界でのんびりと高校生をやっていた頃とは全然違う姿で―。 知らず知らず、ため息が出る。 譲ほど昔ではないけれど、自分だって望美が好きだった。物心ついた頃から一緒にいた幼馴染み。 彼女を守るのは自分だと思っていたし、真実それを実行してきた。弟の譲も一緒の気持ちだと気づいたのは一体いつからだったか。 己にはない一途さでずっとずっと―それこそ生まれた頃から一緒にいた幼馴染みを思い続けていた弟。誰かに取られるんだったら、譲がいい、そう思い始めたのは、こちらに来て三月ばかり過ぎた頃か。譲なら、何があっても守ってくれている。そう確信できた。 けれど―。 「お前が選んだのは、俺でも譲でもないんだな」 部屋から見える中庭。そこに、火の紅を身に纏う少年と仲睦まじそうに微笑みあい、喋っている幼馴染み。 少年の手が伸び、望美の髪に触れ―その毛先に口付ける。 なんてことはない、日常の1シーン。熊野で再会してから、何度この光景を目にしただろう。勿論心の中には嫉妬心があるけれど、望美が笑顔なら、まぁいいか、と思ってしまう自分が居て。 「結局俺と譲は兄弟ってコトか」 好きだったし、今でも好きだ。 だけど、望美以上に守らなければならないと思うものがこちらの世界で出来てしまった自分では、確実に望美をあちらの世界に帰せないし幸せに出来る確証は―ない。 でも望美を少女から大人の女へと変貌させるのは俺でありたかった。今となっては叶わぬ願いだけれど。 あの時手を離さなければ。 俺がずっと一緒に行動してたら。 ifばかりが頭をよぎる。決して、それがかわることはないというのに。 「お前は、どんどん俺の知らない”女”になっていくんだな」 どうか、幸せに。 戦に巻き込まれることなく、戦で死ぬことなく、己が選んだ男とどうか、幸せに― 祈ることしか出来ない不甲斐ない幼馴染みだけど、お前の幸せを願う想いだけは真実。 |
終焉